田母神論文問題に見る「軍部の台頭」の危険

有事体制整備と海外派兵の中から出てきた田母神問題
 航空自衛隊トップ田母神元航空幕僚長が、新興不動産企業アパグループの「真の近現代史観」懸賞論文(5月募集)に投稿し特賞を受賞した作文は、日本の過去の侵略戦争・植民地主義を「濡れ衣」などとして正当化し、集団的自衛権の行使や武器使用基準の見直し、「憲法改正」をも要求する極めて危険な内容である。この問題は、日本社会における「軍部の台頭」という深刻な事態を明らかにする。田母神は更迭されたが、それは辞職をかたくなに拒否したことから「円満退職」扱いするためであり、懲戒処分はされず退職金も満額支払われた。11月11日の参考人質疑や記者会見などでも完全に開き直り、「集団的自衛権も行使し、武器を堂々と使用したい」、「村山談話」は「言論弾圧の道具」などという趣旨の発言をし、「憲法改正」までも公然と主張したのである。
11日田母神参考人発言の責任をうやむやにしてはならない(リブ・イン・ピース☆9+25)
政府は、田母神前航空幕僚長問題の責任を明らかにすべき!(リブ・イン・ピース☆9+25)

 田母神問題の本質は、日本における有事法制の整備と海外派兵のエスカレーションの中で、靖国参拝と対米追随の小泉政権から任期中改憲を掲げた安倍政権へと右傾化・反動化する過程で、軍事組織としての自衛隊が台頭し、政治と国民生活に対して実力行使し始めたという危険にある。田母神問題に対して麻生政権がとった対応、弱腰で腫れ物に触るような対応の中に、軍部の力の台頭の危険を見る。もちろん、軍事力を直接行使するという意味での実力行使ではないが、自衛隊の軍事的役割の強化と海外派兵の実績を背景にした、政治的示威行動である。
※メディアや言論界でも今回の事件について「言論クーデター」「イデオロギー的決起」などという見方がされている。田母神問題と政権との関係、自衛隊内での田母神問題の位置、今回は空自で問題が発覚したが陸自、海自での動き、日本会議をはじめ民族主義的右翼的諸潮流との関係などをトータルに評価しなければならない。

田母神の「暴走」は安倍政権と共犯関係にある
 単なる「軍部の台頭」「暴走」ではない。政府の、あるいは政府の一部のお墨付きをもらった「暴走」である。田母神が、森と安倍の2人の元首相の名を挙げ「私の発言は理解されている」と開き直ったと言われていることはこの問題の根深さを示す。
前空幕長論文問題(その1) 元首相の名挙げ抵抗 辞職巡り押し問答(毎日新聞)

 まず安倍政権との関係がある。田母神が航空幕僚長になったのは、2007年3月であった。安倍が「戦後レジームからの脱却」を掲げて政権の座についてから半年、すでに06年末には教基法の改悪が強行成立させられ、教育三法の改悪という新たな段階に入っていた。憲法改悪国民投票法が国会に上程され、衆院での採決が目前に迫っていた。同時に、教科書検定での沖縄「集団自決」否定があり、アメリカ議会での「慰安婦」決議の動きに対して日本からの激しい巻き返しが行われていた。安倍は5月、集団的自衛権の個別研究に着手している。数ヶ月後にはあっけなく崩壊する安倍政権は、この時期いわば絶頂期にあった。
憲法改悪国民投票法の廃案めざし全力を挙げよう!(署名事務局)

 当時空将であった田母神が侵略戦争を否定し、集団的自衛権の行使や武器使用の緩和を主張していることは、訓話や講演、隊内紙への投稿などで周知のこととなっていた。国会であればすぐさま大臣の首が飛ぶような発言が、自衛隊の中で粛々と毎日のように語られていたのである。日本政府の中で侵略戦争であった事実を否定する勢力が幅をきかし、憲法改悪、教育基本法改悪の動きが高まる中で、航空自衛隊のトップを担う最適の人物として田母神に白羽の矢が立ったのは容易に推察できる。確信犯である。「政府の任命責任」というような結果責任、受動的な関与ではなく、主体的な関与である。
 安倍政権の人事では、中川昭一や下村博文ら日本会議と「歴史教科書を考える超党派の会」、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」などの歴史修正主義と右翼連中が政権の中枢を占めるようになっていた。一方、田母神はすでに2004年4月、自衛隊統合幕僚学校の学校長として侵略戦争を正当化する「歴史観・国家観」の講座を開設し、“新しい歴史教科書をつくる会”(つくる会)正副会長などを講師に呼び、自衛隊内での幹部教育の中身を大きく変質させていた。そうして安倍政権の思想と共鳴し合っていたのである。
安倍政権との闘いに備えよう! −−臨時国会最大の争点、教育基本法改悪の危険性−−(署名事務局)

 そもそも懸賞を企画したアパグループ代表元谷外志雄は、歴史歪曲・改憲・有事法制制定の極端な右翼的思想の持ち主であり、航空自衛隊小松基地友の会会長として、田母神と10年来の深い親交を結びんでいた。元谷は田母神の計らいで民間人として初めてF15に搭乗するという恩恵を受けた。その元谷が懸賞論文審査で強大な権力を行使したことが暴露されている。
元谷アパG代表:F15に搭乗 小松基地への功績で人選(毎日新聞)
アパ代表「私の判断で賞あげてもいい」 田母神論文表彰(朝日新聞)

 ちょうど1年前に発覚した防衛事務次官守屋武昌と新興軍事独占山田洋行、日本ミライズとの関係を想起させる。軍事技術と兵器産業の側面から自衛隊の海外派兵と侵略軍化に深く食い込もうとした宮崎元伸に比して、元谷はイデオロギー面から食い込んだ。空将田母神を幕僚長に抜擢したのも、安倍政権下での防衛庁トップの守屋であった。元谷は安倍晋三の講演会“安晋会”の副会長でもあり、耐震偽装事件とも絡み、安倍政権と清和会と深い関係にあった。
新テロ特措法再議決阻止!軍事疑獄の徹底糾明を!(署名事務局)
日本を語るワインの会

陸・海・空3自衛隊で進む「軍部の暴走」
 田母神問題は氷山の一角である。以下に見るように、イラク戦争への加担、海外派兵が本格化するちょうど2003年〜04年あたりから、自衛隊による政権や国民生活への「実力行使」、「暴走」が始まっている。田母神のような思想言論活動と政治的圧力は、自衛隊内でひとつの潮流として生まれていたことを示している。その傾向は、小泉政権から安倍政権へと引き継がれていく過程でますます強まることになる。
 2003年11月から翌2月にかけて陸上自衛隊東北方面情報保全隊と保全隊本部が、反戦運動や民主的諸運動・諸組織を監視していた事件がある。暴露されたのはわずか4ヶ月間の記録であるが、長期にわたり日常的な監視活動を行っていたのは間違いない。
2004年2月の札幌雪まつりにあたって、陸上自衛隊第11師団団長が、札幌市に対してイラク派遣反対運動を封じ込めるように恫喝を加えたという事件がある。立川ビラ入れ不当逮捕をはじめ、公安・警察による反戦・民主諸運動への露骨な弾圧体制はこのような自衛隊での動きと密接に結びついていると考えられる。
 2004年6月には海上自衛隊トップが、防衛庁設置法の改正を石破防衛庁長官に公然と要求した事件がある。石破や浜田靖一副長官、陸海空の3幕僚監部の幹部が首をそろえた会議で、海上幕僚監部のトップ海上幕僚長の古庄幸一が「あるべき長官補佐体制」として、防衛庁設置法9条の削除=防衛参事官の廃止、16条改正=官房長等の権限排除などと要求したのである。
 2004年10月には、陸上自衛隊の幹部隊員が、「国防軍」の設置や、集団的自衛権の行使を可能とする内容の憲法改正案をまとめ、自民党憲法調査会の中谷元・改憲案起草委員会座長に提出していた事件がある。
 2005年の自衛隊法の「改正」では、ミサイル防衛システムの運用において、ミサイル発射の権限を、防衛出動前に現場の指揮官に与えるというかつてない指揮権限が盛り込まれた。2006年の「改正」では、防衛庁が省になり海外派遣が「本来任務」に格上げされるとともに3自衛隊を統合運用する統合幕僚監部が設置され制服トップの権力が一段と強まった。
 これらは決して、自衛隊制服組単独の「暴走」ではない。自衛隊制服組と石破茂のような軍事オタク、安倍晋三のような極右政治家、中谷元のような自衛隊出身の政治家、これらが供託して事をすすめた確信犯である。
自衛隊によるスパイ・監視活動を許すな!(署名事務局)
よそ事ではない。自衛隊イラク派兵師団のある北海道で今何が起こっているのか?−−軍隊が発言力を増し表舞台に出てくる恐ろしさ−− (署名事務局)
陸上自衛隊による組織ぐるみの改憲案提出を糾弾する! 自衛隊=“軍隊の政治化”は芽の内につみ取るべきだ!(署名事務局)
対北朝鮮戦争挑発の”道具”としての自衛隊法改悪に反対する(署名事務局)

「民族派」「靖国派」の復権と台頭
 タガが外れたように、陸・海・空3自衛隊がわれもわれもと「文民統制」からの逸脱をやり始める。たしかにこれまでも、1965年の『三矢研究』や78年の栗栖統合幕僚会議議長による超法規発言、92年のクーデター論文事件などがあった。だが従来は点在したに過ぎなかった逸脱行為が、いまや雪崩を打って出てきたのである。しかも、過去の事例については厳しい処分が行われたのに対して、今回の事件に対する政府の対応は明らかに甘い。
 78年に解任された栗栖について言えば、2003年11月に開かれた自衛隊制服組やOBが参加した「有事法制を考える」というシンポジウムで講演し、翌2004年4月には、防衛庁講堂で開かれた統合幕僚会議50周年に出席したことが暴露されている。自衛隊イラク派遣に乗じて堂々と「復権」したことを意味している。
 元イラク先遣隊隊長佐藤正久がイラクから帰還した直後に「駆けつけ警護」を主張、事実上の集団的自衛権の行使と武器使用緩和を要求したこと、田母神が名古屋高裁イラク派遣違憲判決に対して「そんなの関係ねえ」と暴言を吐いたことなどはこのような流れから見た場合、起こるべくして起こった事件である。田母神は、「自衛隊が実戦に臨んでいちいち何を根拠にそれができるのかと考えるようでは、適時迅速な行動ができるはずがない」などと語り、現場での逸脱をむしろ奨励している。ひとたび「使える自衛隊」「戦える自衛隊」への転換を始めたならば、軍は軍としての論理で動き始めるという危険を感じないわけにはいかない。
 田母神問題は「恐慌と軍部の台頭」という“いつか来た道”“新たな戦前”を彷彿させる。田母神は、「時代は変わった」と有事法制の制定とイラク・インド洋海外派兵を歓迎し、「自衛隊を諸外国の軍と同様に使う日」が早期に訪れることを夢想している。「10年後には、航空自衛隊の戦闘機部隊が、飛行体丸ごと海外に展開し、空域の哨戒や艦艇の援護などの任務に就くぐらいのことは、予想しておいた方がよい」と言い専守防衛からの脱却を主張する。現在を、自衛隊を本格的な侵略軍に変えていく過渡期と捉え、日本の自衛隊が自信を持って行動をするために、歴史認識の変更が不可欠の要素と考えている。つまり、彼にとっても現在は「戦前」なのである。田母神は、「やがて総理大臣の8月15日における靖国神社参拝も可能になるであろうことを期待している」とまた夢想する。自衛隊内での「民族派」「靖国派」の台頭の危険をまざまざと示している。
※『有事体制論〜派兵国家を超えて』(纐纈厚 インパクト出版会)は、有事体制と海外派兵へと進む日本を「派兵国家」とし、戦争責任の否定や靖国参拝と不可欠に結びついている点を強調する。『改憲の系譜』(共同通信社 憲法取材班)は、「文民統制」を逸脱して台頭する制服組の動きや日米同盟強化で活性化する兵器商戦などを丹念にフォローする。

つくる会講師を招いた自衛隊での洗脳教育
 田母神が2004年4月に自衛隊統合幕僚学校に開設した「歴史観・国家観」の講座は、つくる会から講師を招き、「大東亜戦争史観」「憲法、教育基本法の問題点」といった、侵略戦争を正当化し日本国憲法に疑念を呈する露骨な科目を並べた。「学校長の裁量に任されていた」というが、つくる会のメンバー、日本会議の中心人物らがいとも簡単に統合幕僚学校に入り込み、巣くい、教壇に立って長期にわたって歪曲した歴史観を堂々と講義することができたということに私たちは驚きを隠せない。
※2004年の春というのは、当時自民党幹事長でっあった安倍が「教育基本法改正促進決議・意見書」なるものを各地方議会で採択するよう自民党地方組織に通達し、日本会議らの「全国キャラバン隊」などと事実上一体となって活動していた時期である。政界と自衛隊の両部面で、民族的右派が執拗な工作を進めていたことになる。

 講師には、つくる会会長の八木秀次、副会長の福地惇、理事の高森明勅、作家の井沢元彦、元統幕学校教育課長の坂川隆人、冨士信夫元海軍少佐らが就いていた(肩書きは当時)。つくる会以外の講師についても、いずれも侵略の歴史の歪曲を本分とする右翼論客である。福地が「西尾幹二のインターネット日録」に掲載した「『昭和の戦争』について」という講義案には、「「昭和の戦争」は・・・侵略戦争では全くな」い、「それが了解出来れば、現憲法体制は論理的に廃絶しなくてはならない虚偽の体制である」とある。単なる歴史歪曲ではなく、日本国憲法によって構築された民主主義体制の廃棄までを要求する政治的内容をもっている。自衛隊幹部候補生に対する恐るべき洗脳教育である。
「『昭和の戦争』について」(西尾幹二のインターネット日録)
※井沢はつくる会の賛同者であり、SAPIOなどで歴史歪曲の主張を展開している。冨士は産経新聞「正論」を支持する「正論の会」に属し、南京大虐殺の事実を否定する論陣を張るなどしている。坂川は田母神問題発覚後も、「田母神氏は尊敬すべき方だ」などと擁護し、歴史歪曲の主張をメディアなどで展開している。

 田母神は、そのような観点から、「つくる会教科書」を名前を挙げて絶賛する。「この教科書が売れて本当によかった」と。「SAPIO」「産経新聞」「正論」などを名指しで支持し、積極的投稿をよびかける。
 航空自衛隊の中に、田母神の主張を容認・支持する空気があったのは間違いない。論文の中身ではなく、大問題になったことに驚いたという自衛隊幹部OBの証言もある。元陸将の志方俊之は11月13日の朝日新聞で、「時が悪い」「彼は切腹する覚悟だった」「一部にはよくぞ言ったという評価もあった」必要なのは「憲法を変えて自衛隊の存在を明記すること」など、田母神の行為を認めている。
 懸賞論文の応募作235編のうち97編が航空自衛官からの応募であった。幹部教育を行う航空幕僚監部教育課が全国の部隊に2度に渡って応募を呼びかけていた。この論文執筆が幹部教育の一環としてやられていた。これ自体が異常である。田母神は11月11日の参考人質疑で「私が呼びかけたら1000人は集まる」と豪語した。「決起」には十分な数だ。これがもし本当とすれば、自らが行ってきた洗脳教育の成果を質的量的に把握していたことを意味する。イデオロギー的な多数派工作と煽動、自衛隊員による政治的圧力の形成の意図を語ったのである。
※クローズアップ現代「なぜ発表?空幕長論文の真相」(08年12月09日)は、田母神が創設した講座や訓話での発言などが映像として示されていた。つくる会との関係などが描かれておらず不満の残る内容であったが。ここで、自衛隊幹部OBが、空自内に田母神がうけいれられる雰囲気があったと証言している。

自衛隊が先頭に立って、「反日的日本人」と闘う?
 田母神の懸賞論文の原型は、いくつものパクリ説があることは置くとして、航空自衛隊幹部学校幹部会の隊内誌「鵬友」への投稿文『航空自衛隊を元気にする10の提言』にある。2003年7月から2004年9月にかけてパートTからパートVが出された。また2007年5月には『日本人としての誇りを持とう』という投稿を行っている。後者の論文は、アメリカでの「慰安婦」決議採決の動きに対抗する形で、日本の侵略戦争を否定し、とりわけ南京大虐殺の歴史的事実の否定を主たる内容においている。きわめて政治的な行為である。
航空自衛隊を元気にする10の提言(防衛大 第15期生のページ)

 主眼は、日本国民へのプロパガンダをおこない愛国心を植え付け、専守防衛の制約を取り払って自衛隊の軍隊としての活動を受け入れさせることにあった。その宣伝活動を政治家や歴史家だけに任せるのでなく、自衛隊もまたその先頭にたつことを主張する。歴史改ざんは、そのための重要な手段である。それを田母神は「自衛隊を元気にする」という。幹部学校での講義は、自衛隊員に対する洗脳だけでなく、自衛隊員が扇動家となるためのステップとして位置づけられているのである。
 田母神の思想は、政府批判や運動をする人たちに対する憎悪と蔑視に貫かれている。彼は、「我々は日本国内において、反日グループと冷戦を闘っている。この冷戦に勝たなければ日本の将来はない」などと、国内の世論形成を2つめの戦場と位置づけ、イデオロギー闘争を宣言する。
 田母神は、国民を2つの種類にわける。「親日的日本人」と「反日的日本人」。「自衛隊を応援する人」と「反自衛隊活動をする人」。「この国を愛し国民の発展を願う善良な人」と「とても善良であるとは思えない人」である。そして後者を徹底して無視、排除、排斥することを主張する。自衛隊は、文民に統制される「中立的存在」ではなく、国家と国を愛する人のためのものである。講話などで、一坪反戦地主を「国の邪魔しているだけ」などと誹謗したことも暴露されている。先に述べた情報保全隊による反戦運動への監視活動も、まさにこのような思想が具体化したものである。
田母神前空幕長、一坪反戦運動を批判/現職時講話「国邪魔している」(沖縄タイムス)

戦争責任を追及することは、新たな侵略戦争を止めることと不可分
 田母神論文の歴史歪曲は、粗雑なコミンテルン陰謀説に立ち、我が国は「蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」「南京大虐殺を見た人はいない」など、根拠のないデマゴギーによって侵略と植民地支配そのものを正当化する。日本が大恐慌という危機からの活路を侵略戦争と植民地支配に見いだし泥沼の日中全面戦争からアジア・太平洋戦争へと突入していったことは歴史的事実である。南京大虐殺は、多数の目撃証言や被害者証言が存在している。2000万人とも3000万人とも言われるアジア太平洋戦争の犠牲者を冒涜し、朝鮮人強制連行や日本軍「慰安婦」など戦争犯罪そのものを抹殺するものである。何よりも、現に日本政府に対して謝罪と補償を求める戦争被害者や遺族に敵対する。絶対に許すことは出来ない。それだけでなく、集団的自衛権の行使や憲法「改正」の主張は、自衛隊トップとして憲法尊重義務違反という重大な犯罪行為である。東京裁判批判もまた、国際法規の遵守を義務付けた憲法違反である。私たちは、田母神への懲戒処分を徹底して要求しなければならない。
 田母神は懸賞論文などでは露骨には語っていないが、彼の主張の行き着くところは、「民族独立」と「自主国防」である。一方では日米軍事同盟への配慮を見せながら、他方ではアメリカへの軍事的従属から独立した「独自核武装論」をも主張している。このような観点から、自衛隊の旧日本軍との継承性を誇示し、東京裁判を戦勝国による論理の押しつけと批判、侵略戦争であったことを真っ向から否定するのである。
※週間現代、2008年12月20日号「田母神俊雄「米軍撤退核武装宣言」/日本では文化大革命が進行中だ!」
官房長官、田母神前幕僚長の核武装発言に「言論の自由は保障されている」(産経新聞)

 現在このような露骨な主張がストレートに受け入れられる状況にはない。安倍政権と福田政権の連続した政権投げ出しと自民党の急激な衰退、ねじれ国会による機能不全、憲法改悪・国民投票の先送りなど、右翼勢力が公然と前に出る局面ではなくなっている。つくる会も分裂によって勢いを無くしている。教基法改悪や憲法改悪に危機感をもつ世論と運動、そして小泉構造改革によってもたらされた格差と貧困の急激な進行に対する国民の反発によって行き詰まった結果である。
 だが、麻生政権は直面する最大の課題として、12日には新テロ特措法を強行再議決し成立させた。日米再編予算は1000億円と前年度の5倍もの要求がなされている。オバマ政権の誕生とアメリカの軍事的後退のもとで異常な対米優遇である。狙われているソマリア沖自衛艦派遣の恒久法は「国益」防衛を露骨に掲げ、この問題では大政翼賛的に与党も民主も賛成である。座間、横須賀、横田に陸・海・空の日米統合司令部が置かれ自衛隊の役割の強化が図られていることは制服組の増長の基礎にある。現在前にでているのは、親米と日米同盟の強化を基調とし、米の戦争と軍事戦略に積極的に協力し海外派兵をすることによって発言力を増すという「軍の台頭」なのである。
ソマリア沖への新たな自衛隊派兵策動を許すな!(リブ・イン・ピース☆9+25)

 私たちは、田母神問題に直面し、憲法9条が封じ込めてきたものの大きさを改めて強く感じる。田母神問題をあいまいにしてはならない。徹底して追及しよう。戦争責任問題の重要性を確認し、日本の軍国主義化・海外派兵反対と戦争責任追及、謝罪と補償要求の闘いを一層強めなければならない。いかなる憲法9条改悪策動、集団的自衛権の行使の動きも許してはならない。

2008年12月17日
リブ・イン・ピース☆9+25

リーフレット『田母神論文問題に見る「軍部の台頭」の危険』