映画『13th -憲法修正第13条-』
「犯罪」にすり替えて温存・強化された人種差別
エバ・デュバーネイ監督/2016年製作/100分/アメリカ  

 1970年35万人→80年51万人→90年118万人→2000年200万人→14年230万人。増え続けるこの数字は何を意味すると思われるだろうか? これは、米国における受刑者数の推移である。なぜこのようなことになっているのか? それは、現在全米を揺るがす「Black Lives Matter(BLM)」運動と密接に関わっている。
 この映画のタイトルは、米国の憲法修正第13条を意味する。第1節の条文は次の通りだ。
第1節 奴隷制もしくは自発的でない隷属は、アメリカ合衆国内およびその法が及ぶ如何なる場所でも、存在してはならない。ただし犯罪者であって関連する者が正当と認めた場合の罰とするときを除く。(wikipediaより)
 憲法修正第13条は、リンカーンによる奴隷解放宣言の2年後、1865年に施行された。第1節で奴隷制を禁止しているが、「犯罪者」は除外している。禁止された奴隷制の「抜け道」として刑罰が用意されたのである。冒頭の数字は、この抜け道がフルに活用され続け、それが拡大していることを示している。その結果、米国の受刑者数は異常に多い。映画の冒頭、「米国の人口は世界の人口の5%だが、受刑者数は世界の25%を占める」と、オバマ前大統領が語る。重要なのは、裁きが人種に平等でないということだ。米国の黒人(アフリカ系)男性は、人口の6・5%を占めるに過ぎないが、受刑者数では実に40・2%を占める。一生のうちに投獄される可能性は、白人男性は1/17だが、黒人の若者は1/3にも上る。
 映画は、こうした黒人差別の上に成り立つ米国の歴史を、政治家や活動家、学者、元受刑者たちへのインタビューによって、明らかにしていく。

差別を「犯罪」にすり替え
 南北戦争終結直後、修正第13条は早速威力を発揮する。徘徊や放浪といった微罪で多くの黒人が投獄され、鉄道の敷設や南部のインフラ整備にあてられた。破綻状態にあった南部諸州の経済を立て直すために、「刑務所ブーム」が生み出され、主に黒人である受刑者が労働力として利用されたのである。
 1964年に「公民権法」が成立しても、それは変わらなかった。70年代から「大量投獄の時代」が始まる。ニクソン大統領は「法と秩序」を掲げ、人種差別を「犯罪との闘い」にすり替えた。その中でも前面に打ち出したのが「麻薬戦争」だ。麻薬のイメージを、黒人や民主的な運動と結びつけた。
 それをさらに推し進めたのがレーガン大統領だ。薬物犯罪の摘発を強力に推し進めたが、狙いを定めたのは、当時黒人コミュニティで流行していたクラックと呼ばれる麻薬であった。安価だったために貧しい黒人層に爆発的に広がっていた。クラックに関する犯罪の量刑は、コカインよりもずっと重かった。コカインの100分の1の量の所持で同じ刑期が課されることもあった。これにより、多くの黒人が逮捕され、長期的に投獄されたのだ。
 民主党も、選挙に勝つため「犯罪に甘くない」姿勢を打ち出した。クリントンはそれによって大統領の座を手にした。そして「凶悪犯罪を3回犯したものは終身刑」とする「スリーストライク法」を制定した。増え続ける受刑者を収容するため刑務所が大量に建設された。警察の重武装化も、クリントン政権下で始まった。
 こうした歴史を見ると、トランプのような人物が大統領についたのも突然でないことがよくわかる。トランプはニクソンの「法と秩序」を再び掲げ、BLMを徹底的に敵視する。

「産獄複合体」
 2005年フロリダ州で最初に制定された、自己防衛のために銃を用いることの法的保護を拡大した「正当防衛法」により、白人が黒人を射殺しても「正当防衛」で無罪となるケースが続出した。この法律を生み出したのが「ALEC(American Legislative Exchange Council)」だ。ALECは企業と議員で構成され、企業が政治家に法案を提示し、議員はそれをそのまま自分の法案として提出する。企業のロビイストが議員と同等の決定権を持つようになる。ALECの会員企業であったウォルマートは、正当防衛法のおかげで、銃の売り上げを伸ばし、大儲けした。同社はALECへの批判の高まると脱退したが、出資は続けている。
 初の民間刑務所会社CCA(Corrections Corporation of America)もALECの会員企業だった。米国における受刑者数の増大は、経済システムにガッチリと組み込まれている。いわば「監獄ビジネス」だ。刑務所は受刑者をさまざまな労役に就かせることで、莫大な収益を得る。まさに憲法修正第13条の「抜け道」――刑罰を受けた者は奴隷として使うことができる――がそのまま生かされている。
 1980年代以降、政府は刑務所の建設・管理の民間委託を進め、受託した企業は、「産獄複合体(Prison Industrial Complex)」を形成し、より大きな利益を得るため、ロビー活動を行い、長期間投獄できる法案を通過させて、警察に逮捕を乱発させた。刑務所を常に満員にしておくこと、新たな刑務所を建設することが、企業の利益に直結する。そして、株主である政府もそこから利益を得る。刑務所の運営は「成長産業」となった。「スリーストライク法」も「必要的最低量刑法」もALECによるものだ。これらは、受刑者を「安定供給」するのだ。「産獄複合体」には電話会社も加わっている。刑務所からかける電話料金を高額に設定し、儲ける。同様に、食事サービス、医療サービスの会社も刑務所に群がる。受刑者はまた、低賃金労働の供給源ともなる。
 CCAがALECを脱退した後、驚くことにALECは、今度は仮釈放と保護観察でのビジネスに道を開いた。釈放された受刑者に付けさせるGPSで儲けるのだ。資本の利益追求の底なしぶりを見せつけられる思いだ。
 このように「犯罪者」が多くなると、全員を裁判にかけるには手が回らない。そこでどうするか? 検事が持ちかける。「取引するなら3年、裁判なら30年の刑」。拘留された者のうち、97%が裁判を断念するという。司法取引に応じ、犯してもいない罪を認めるのだ。

「黒人=犯罪者」宣伝の威力
 この映画を見ると、こうした米国の歴史における、イデオロギー宣伝の威力の大きさを痛感する。黒人と犯罪を結びつける宣伝がいつの時代にもしつこく行われている。
 南北戦争直後の刑務所ブームにも、「黒人は犯罪者」というイメージ作り抜きには考えられなかった。特に、1915年に制作・公開された初の大作映画『國民の創生(The Birth of a Nation)』(D・W・グリフィス)では、登場する黒人は皆「野蛮で獣じみた」存在として描かれた。白人女性が黒人によるレイプから逃れ、崖から飛び降りるシーンが有名だ。白人観客の意識に、「犯罪者」「レイプ犯」という黒人のイメージを刷り込むのに大きな役割を果たした。そして、白装束の白人たちがその黒人を裁く。あの「KKK(クー・クラックス・クラン」である。KKKは英雄なのだ。余談だが、十字架を燃やす儀式はこの映画が先で、KKKがそれを取り入れたという。
 公民権法成立の後は、ちょうどその頃全米各地で犯罪率が上昇したことを利用し、政治家たちは、「黒人に自由を与えたから犯罪が増えた」と宣伝した。
 「麻薬戦争」では、手錠をされ連行される黒人の姿が、しつこくテレビから流された。黒人の「不良」は、「スーパー・プレデター」とのレッテルを貼られた。「プレデター」とは捕食者。日本風に言えば「ケダモノ」と言ったところか。しまいには、黒人たち自身も自分たちを恐れるようになる、という。
 映画の最後には、黒人が警官に殺される場面が、これでもかとばかりに流される。無抵抗の人間に対しなぜああも簡単に発砲できるのかと思うが、警官の意識の中では今も、黒人=何をするか分からない犯罪者なのだろう。

「米国ってひどい国」で終わらせず
 このようにこの映画は、BLM運動の背後にある長い長い歴史を教えてくれるのだが、日本人としてこの映画を観る時、「米国ってひどい国だな」で終わらせないことが重要だと思う。民族差別を犯罪にすり替えるのは、日本のレイシストたちも頻繁に行っている。「外国人の犯罪が多い」という印象は、多くの日本人が持っているのではないか。コロナウイルスなどの疫病や災害に乗じた外国人差別は後を絶たない。「拉致」という犯罪を理由に、全国の朝鮮学校への補助金が廃止・削減されても、多くの日本人は気にもとめない。さらには、中国や南北朝鮮に対して多くの日本人が持つ反感も、それが政治的な批判の形を取るとしても、根底にある民族差別の意識を否定することはできない。こうした日本における民族差別に思いを馳せることができれば、この映画を日本人が観る本当の価値が分かるだろう。

2020年9月10日
リブ・イン・ピース☆9+25 U

※ユーチューブで、現在無料で視聴することができる。
 https://www.youtube.com/watch?v=krfcq5pF8u8&feature=youtu.be