オバマは「対テロ戦争」をやめ、米軍を即時無条件に撤退させよ!
――動揺し始めたイラク撤退・アフガン増派戦略

揺らぐオバマの「新軍事戦略」
 オバマ大統領が約束したイラクからの米軍撤退開始期限である6月30日が近づいてきた。だが米軍は撤退開始を遅らせざるをえない状況に追い込まれている。最大の理由はイラクの治安悪化である。オバマは当初15ヶ月以内の米軍撤退を公約に掲げていたが、イラク情勢の不安定から18ヶ月以内の撤退に後退せざるを得なかった。しかもその撤退の中身は、5万人程度の治安部隊を残留させた上での部分撤退であることが明らかになった。そしてさらに今回、6月末の撤退開始すら危うくなってきている。オバマの軍事戦略は大きく揺らぎ始めた。
イラク:治安が悪化 テロ犠牲、先月355人−−今年最悪(毎日新聞)

 オバマの新軍事戦略の核心は、イラクからの米軍撤退とセットにしたアフガニスタンへの軍の集中的投入にある。「対テロ戦争」の主戦場という認識は選挙戦から変わっていない。オバマが新たに打ち出した国防予算の抑制も「核廃絶」提案もその枠組みの中にある。軍事予算の「抜本的見直し」は、「対テロ戦争」・対ゲリラ戦争向け予算を増額するために核兵器や重厚長大型兵器の削減を旨としている。無人偵察・爆撃機など、米兵の犠牲を極力減らして大量殺戮できる機動的兵器をアフガニスタンでの「対テロ戦争」につぎ込もうというのである。
オバマ米大統領:国防費、主要装備調達見直し 「無駄遣い拒否」(毎日新聞)
米国防長官、異例の予算案事前発表 議会対策万全 兵器調達改革に自信(ビジネスアイ)

 新戦略では、アフガニスタンとパキスタンでの「テロ組織」の壊滅を掲げている。だが、それは本当にオバマがブッシュの軍事外交政策から転換しようとしていることを意味するのか。確かに軍事外交政策において、軍事一辺倒から民政支援や「国際協調」を前に押し出したこと、単独行動主義から多国間安保へと舵を切っていることは確かだ。しかし、それは、形を変えた「対テロ戦争」継続にすぎない。「対テロ戦争」を完遂するための条件整備である。オバマが口でなんと言おうと「対テロ戦争」を継続しているのであり、その限りで「チェンジ」なるものは空虚な空文句にとどまっている。
New model army?(フィナンシャルタイムス)

 6月4日エジプトでのオバマ演説について、メディアは「歴史的発信」「新たな始まり」などと持ち上げているが、オバマは「テロ組織」との対決=「対テロ戦争」の徹底、イラク・アフガニスタンの安定=戦争と治安弾圧活動の継続をとりわけ強調した。「イスラム社会との和解」と言うのであれば、ブッシュがやった侵略戦争に対する謝罪、イスラム教に対する冒涜への謝罪、アラブ・イスラム系の人々への監視・弾圧の中止と関連法の廃棄など、真っ先にすべきことがあるはずだ。ところが逆に「米国が自己中心的な国であるという偏見の払拭」をイスラム世界に求めるなど、問題がイスラムの人々の心の持ちようにあるとでもいわんばかりだ。傲慢で好戦的な姿勢をそのまま受け継いでいる。
Obama in Cairo: A Bush in Sheep's Clothing?(ガーディアン)
 英国のリベラル紙ガーディアンは、「カイロのオバマ:羊の皮をかぶったブッシュ」という記事で、カイロ演説でオバマが提起した政策はほとんどブッシュから変化しておらず、すでに破綻した政策を継承していると酷評する。

 オバマがアフガニスタンに戦力を集中投入するのは、アフガニスタンを中東とアジアを睨む戦略的要衝と捉えているからに他ならない。そもそもブッシュは、9.11事件を口実にした「報復戦争」によってアフガニスタンを占領し、恒久軍事基地を確保することでイランをも含めた中東と中央アジアを牽制する一大基地国とすることを目論んだ。しかし、現在米国の傀儡であるカルザイ政権は首都カブールとその周辺地域を実効支配するだけで、国土の7割以上が旧政権タリバンの勢力下にある。さらに、反米闘争はパキスタンに波及し昨年夏親米ムシャラフ政権が崩壊、引き継いだザルダリ政権も政治的危機に陥り、極度の政治的不安定にある。核保有国パキスタンが政権崩壊し、反米勢力の手に落ちることはオバマにとっての現実的脅威としてあり、なんとしても食い止めなければならない一線なのである。
追い詰められる米・NATO軍〜地図で見るアフガン・レジスタンスの攻勢(リブ・イン・ピース☆9+25)

 そのアフガン増派戦略が大きく揺らいでいる。イラクでの治安悪化と死者数の拡大、アフガンでの空爆の拡大による民間人犠牲者の増大と反米闘争の激化、パキスタンでの難民急増とスワート内戦の全土への飛び火、グァンタナモ閉鎖公約の破棄と軍事裁判の再会、米軍犯罪としての虐待写真公開の撤回等々−−これらは一つ一つが密接につながりオバマの軍事戦略の行き詰まりを表している。
アフガン:「オバマの戦争」正念場 空爆で民間人被害拡大も(毎日新聞)

米軍が想定したイラク撤退の条件――スンニ派抱き込みによる治安回復の構図が崩れる
 米軍にとっては、アフガンへの兵力集中の大前提としてイラクからの撤退が開始されねばならない。だがそれが不透明になっている。先にも述べたようにもともとオバマが表明していたのは5万人程度兵力を残した上での戦闘部隊の部分撤退であるが、その撤退の開始そのものからつまずいているのだ。イラクで再び、多数の犠牲者を伴う爆発や攻撃が増え、戦闘が頻発し始めた。その背景には、「イラク方式」による治安回復の破綻がある。「イラク方式」とは、スンニ派武装勢力を金で買い取り、反抗を押さえ、“覚醒評議会”という治安部隊を形成し積極的に治安活動を担わせるというイラク安定化の基本構図である。
Awakening Council, Iraqi security exchange gunfire(Cnn.com)
Latest Surge of Violence in Iraq Tests al-Maliki's(The Jamestown Foundation)

 シーア派権力であるマリキ政権はもともと米軍が編み出したこの戦略に懐疑的で、覚醒評議会を政権の脅威と見なしてきた。一方覚醒評議会側のマリキ政権への不満・反発は強い。重石であった米軍の撤退に直面し、これまで押さえ込んできた矛盾が噴出しようとしているのだ。覚醒評議会治安部隊がバグダッドをはじめ各地で、数十人、百数十人の単位で任務を放棄し、武装勢力の側に寝返り、イラク政府軍と戦い始める事態に陥っているのである。最大の要因の一つが給与遅配であるが、マリキ政権が覚醒評議会を締め上げのために給与を支払っていないとも言われる。つまり今起こっているのは、米の傀儡政権であるマリキ政府軍と、米軍が金を払って取りこんだイラク覚醒評議会との泥沼の闘いなのである。まさに金の切れ目が縁の切れ目である。これまでも、イラク政府軍や覚醒評議会が、反米武装勢力の闘いの中で敗走したり寝返ったことはたびたび生じていた。だが、米国は、米駐留軍の支配と金の力でなんとか押さえ込んできた。イラクの「治安改善」は、そのような虚構の上に成り立ってきた。それが米軍撤退を間近に控え、崩れ始めたのである。
2008年3月“バスラの戦闘”が明らかにしたもの(その1)マリキ政府軍の自壊とブッシュ増派戦略の破綻(署名事務局)
 イラク政府軍、覚醒評議会の戦闘員の敗走・寝返りが劇的に生じたのは、2008年3月“バスラの戦闘”である。米軍はこれを教訓として、カネによる懐柔路線をいっそう強化し反対の芽を押さえ込もうとしてきた。だが、米軍撤退を前にして、この路線の破綻が改めて浮き彫りになったのである。

 米イラク地位協定では、米軍が6月末までに「都市部」から撤退することを定めているが、激戦地モスルなどで「米軍基地は都市にあっても都市部には含まれない」などという詭弁を使ってでもイラク撤退の開始を遅らせようとしている。そうしなければ治安崩壊を押さえられないと考えているのである。
イラクの米軍、一部での駐留継続で協議開始(読売新聞)
Provoking the Inevitable(Dahr Jamail Mideast Dispatches)
The Return of the Resistance(Dahr Jamail Mideast Dispatches)

アフガン新戦略は新たな泥沼へ突き進み、必ず破綻する
 「イラク方式」の破綻は、米軍にとって重大な意味を持っている。なぜなら、まさにオバマがアフガニスタンでやろうとしていることが、「イラク方式」のアフガンへの導入、すなわち「タリバン穏健派」の買い取りを軸とした治安改善であるからだ。さらにアフガニスタンでは、原理主義的性格の強いタリバンに穏健派など存在しないという見方がこれに加わる。
 アフガニスタンにおけるオバマの最初の命令は、マキャナン司令官の突如の解任であった。任期途中のわずか1年足らずでの解任はきわめて異例だ。オバマはアフガンへの2万千人の増派による6万人体制を決定したが、マキャナン司令官は、さらなる増派を求めていたとされる。マキャナンは軍事力最優先の「古い」やり方しかできないと見なされ解任されたのだ。オバマは新しい司令官にマクリスタル元米統合特殊作戦軍司令官を任命した。
 マクリスタルは軍事一辺倒のマキャナンのやり方が、空爆による住民被害を急増させ、アフガン住民の不満を爆発させていると批判し、被害を減らすべきだと述べている。軍事力だけでなく、対「テロ」特殊作戦、「民政復興」や懐柔、買収、謀略などありとあらゆる手段をつかって米軍によるアフガン支配、オバマ新戦略の実行を成功させようとしているのである。
民間人犠牲者を減らさなければアフガンで敗北も=次期米軍司令官(時事通信)

 しかし、マクリスタル就任は事態を変えるか。マクリスタルこそ、2003年9月から2008年8月まで、暗殺や体系的拷問などを行うペンタゴンの統合特殊作戦コマンドを指揮していた張本人である。オバマは、選挙公約の目玉であったグァンタナモ閉鎖を事実上撤回し、5月12日には軍事裁判の再開を行い、13日には虐待事件の証拠写真を公表する約束さえ反故にした。これらは11日にマクリスタル司令官が就任したことと深く結びついている。つまり、マクリスタル就任はアフガニスタンであのアブグレイブ方式・グァンタナモ方式の拷問虐待による戦争遂行を認めるということだ。これらが市民の無差別爆撃と並んで、住民の反米感情と敵愾心を燃え上がらせ、武装闘争を活発化させたことを忘れてはならない。
 これはオバマがブッシュの「対テロ戦争」を根本的なところで引き継いでいることを意味する。私たちが一貫して主張してきたように、「対テロ戦争」には、イラク・アフガン人への拷問虐待、米国内での市民監視と盗聴、アラブ系市民の不当逮捕と拘束などを不可分のものとして含んでいるのである。
※拷問・虐待に直接絡む特殊部隊司令官といういかがわしい経歴を持ったマクリスタルの就任に対しては、主要メディアからも強い警戒が表明されているほどである。
 Questions for General McChrystal(ニューヨークタイムス)
 Obama’s Animal Farm: Bigger, Bloodier Wars Equal Peace and Justice(Globalresearch)
イラク戦争開戦6周年 「対テロ戦争」を批判するシリーズ(その1)グァンタナモ収容所閉鎖の欺瞞(リブ・イン・ピース☆9+25)

 アフガニスタンでは今年に入って空爆が激増し、それにともなって市民の犠牲が増えている。オバマ政権誕生後の今年1月〜4月だけで投下爆弾の数は1000個を超え、過去最多となった。米軍は武装勢力による攻撃を恐れ空爆を多発している。マクリスタルの就任にも拘わらず、米軍は空爆をやめることはできず、住民誤爆も防ぐことはできない。空爆による無差別殺りくと特殊部隊による虐待・拷問の結合、これが新体制の下で起こることだ。このようなやり方のどこにも戦略的な成功の見込みはあり得ず、米軍にとって新しい泥沼が深まり必ず破綻する。
アフガン空爆:過去最多…1〜4月投下数、07年比3割増(毎日新聞)
アブグレイブ:ブッシュ政権中枢の第一級の国家戦争犯罪――「対テロ戦争」=先制攻撃戦略に組み込まれた組織的虐待・拷問・虐殺システム――(署名事務局)

オバマは「対テロ戦争」を断念すべき
 最後に、泥沼の「対テロ戦争」に叩き込まれる米兵の問題は決定的に重要である。5月半ば米国のニュースサイトMSNBCに「米軍:重武装と投薬」という記事が発表された。米兵を戦場に赴かせるために、銃などの兵器で武装するだけでなく、抗うつ剤や精神安定剤、睡眠薬などを大量に投与することが必要となっているという事態だ。兵役期間を勝手に延長して戦地に派遣し続けるという「ストップ・ロス」政策は続いている。イラクから帰還した米兵が、ほとんど間隔を開けずにアフガンに再派兵されるという違法行為がまかり通っている。
U.S. military: Heavily armed and medicated(Msnbc)

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)やTBI(外傷性脳損傷)など精神疾患や脳疾患を発症した兵士たちが、薬漬けにされて戦場に再び送り込れる、とにかく頭数をそろえて殺人マシンにさせられる−−これが米国の最前線で起こっていることだ。主として20代前半の若者たちを軍に縛り付け、無理矢理戦場に送り込み、心身を破壊していくというやり方は米兵を生け贄にしてすでに破綻し始めているそれは、アメリカ国家に甚大な犠牲を強いることになるだろう。
 オバマは3月、帰還兵の医療給付対象者を2013年までに50万人増やす方針を明らかにした。今後5年間で250億ドル(約2兆5000億円)増額させる方針である。だが、ケアの充実などは問題の一部に過ぎない。前線ではこれまで通り、いやこれまで以上に兵士の消耗が行われようとしている。
シリーズ『冬の兵士――良心の告発』を観る(リブ・イン・ピース☆9+25)

 ブッシュは、イラクの泥沼化でアフガンに手を出す余裕を失った。オバマはイラクからの撤退とセットでアフガンへの増派を行う。だが、はじめから大きな壁にぶち当たっている。このまま突き進めば、イラク人民の犠牲、アフガン人民の犠牲、そしてパキスタン人民の犠牲が拡大するのは避けられない。それは米兵にいっそう多大な犠牲を強いることでもある。オバマは「対テロ戦争」を断念し、今すぐ米軍を撤退させるべきである。

2009年6月4日
リブ・イン・ピース☆9+25