ベネズエラ
アメリカの制裁こそが人道危機を引き起こしている

 2月23日を頂点とした「人道支援物資」持ち込みの大騒ぎは一旦は終わりました。予想通り日本の主要メディアは「ベネズエラの人々が食料や医薬品不足で苦しんでいる」のに、なぜマドゥーロ政権は「人道支援物資の搬入を認めないのか」、ひどい政権だという宣伝に終始しました。しかし、世界最大の原油埋蔵量があるのに、なぜベネズエラの人々は食料や医薬品不足に置かれているのか、そこに事態の本質があるのではないでしょうか。

 その前に、今回の「人道支援」の胡散臭さそのものを取り上げておきます。人々が苦しんでいるのを救済するためなら、アメリカはなぜ直接ベネズエラに送らないのでしょうか。キューバやロシアの支援物資は政府を通じて人々に配られています。なぜそうせずに、わざわざコロンビアとブラジルに送ったのでしょうか。答えは、「支援物資」の先頭にグアイド「暫定大統領」が立って国内に入り、政権に打撃を与えようという思惑があったからです。マドゥーロ大統領ができないことをグアイドはできる、みんなついて来いと。こんな政治的野望にまみれた「人道支援」ですから、国連も赤十字など国際的な人道支援機関も協力を拒否したのです。国際的な人道支援グループは政治的混乱を煽るための行動を「人道支援」とは認めないのです。さらに、政府の承認なしに物資を持ち込むことは密輸であり、入国できるはずがないことをグアイドは知っていたはずです。国境で大騒ぎをして混乱を持ち込むこと、それで「国際的な非難」を作り出すこと、できればベネズエラ軍の動揺を引きだすこと。これが実際のグアイドの目的だったのです。しかし、この思惑はマドゥーロ政権、軍と人民の結束した対応でまったくの失敗に終わったのです。

 ベネズエラ国内では政府が人々の暮らしと命を守るために必死の努力を続けています。供給・生産地方委員会CALPが組織され、最低限必要な物資を供給するために日々たいへんな苦労をしているのです。CLAP網は国民の6割以上をカバーしています。貧困層を中心に地域のコンミューン組織の網の目が作られ、人々が主体的に参加して自治的な政治組織がしたから積み重ねられています。マドゥーロ大統領は独裁などではなく、日本などよりもはるかに強く人民大衆と結びついているのです。しかし、それでも米欧の制裁によって極めて深刻な物資不足、食料品、衣料品不足が押し付けられているのは間違いあいません。今日の人道危機をもたらしているのはこの米欧の経済制裁なのです。

 2019年2月21日に行われた「ベネズエラ情勢に関する有識者の緊急声明〜国際社会に主権と国際規範の尊重を求める〜」の記者会見で桜井均氏が行ったプレゼン資料には、この制裁の実態がいかにひどいかよく描かれています。
・「シティバンク」がベネズエラ中央銀行の国外送金業務を停止(2016年7月)
・「ポルトガル新銀行」を中継銀行とするベネズエラからの送金を拒否され取引不能(16年8月)
・米政府 ベネズエラ国営石油公社向けの金融商取引に制裁をかける経済制裁を発動
・「クレディ・スイス」ベネズエラ向けの金融取引を禁止すると顧客に通達
・ロシア金融機関が米国・欧州の制裁でベネズエラの金融機関に送金不可
・「BOD Shandong」ベネズエラに支払い予定だった2億ドルを中国経由での送金を試みるが、不可(以上17年8月)
・ベネズエラ国営石油公社の米子会社「Citgo」も制裁の影響を受け、オペレーションが混乱
・Citgoは直近2年間で ベネズエラ国営石油公社本社に配当金25億ドルを送っていたが、経済制裁で送金不可(17年9月)
 つまり、基軸通貨であるドルでの支払い、受け取りを米銀行が拒否しているために、べネスエラの主要輸出品である原油の代金送金が妨害され(金融制裁)、ベネズエラが送金を受けられなくなっているのです。
 問題は原油代金だけではありません。2017年8月以降は医薬品や食料品の買い付けまで妨害されるようになりました。食料品や医薬品を買おうと思っても、支払いを受け取らず、輸入ができなくされているのです。
・「シティバンク」インシュリン輸入のための支払い(約3億ドル)の受け取りを拒否(17年7月)
・CLAPの食料セット1800万食が米国金融システムの妨害で輸入できず(17年9月)
 何のことはない。ベネズエラの人々が生活していくための原油代金を渡さず、食料品や医薬品さえ輸入させないのは米政権なのです。これによって止められている物資は想像を絶するほど多いのです。経済封鎖の影響は3500億ドルに達するという研究もあります。また、制裁によって部品供給などが途絶え原油生産の能力も低下しています。ますます物資を購入することが困難になっているのです。こんな仕打ちをしておいて、数百トンの「人道支援物資」を餌に政権を転覆させようなど、ベネズエラの人々を2重に踏みつける行為と言うほかありません。
 この辺りの事情については、ブログ「ラテン・アメリカの革命的大衆闘争」の中の以下の記事が生々しく制裁の動きを紹介しています。
ベネズエラを苦しめる経済封鎖(ラテン・アメリカの革命的大衆闘争)

 また、以下に紹介するのはベネズエラ・アナリシスに紹介されたマーク・ウェイスブロットの論考です。トランプの制裁の影響について論じています。私たちは湾岸戦争のあと10年以上にわたるイラクへの経済制裁が、最も弱い乳幼児と老人を直撃し、数十万の乳幼児が過剰に死んだことを国連の統計から知って大きなショックを受けました。そのことが再びベネズエラで起ころうとしているのです。



トランプの別の「国家緊急事態」:ベネズエラ人を殺害する制裁
最新の制裁措置が続くと人道的危機は急速に悪化するだろう、とマーク・ウェイスブロットは言う
https://venezuelanalysis.com/analysis/14360

 アメリカ人は、トランプ大統領が彼の高価な壁に関して国家緊急事態宣言を宣言したことに抗議して反抗してきたが、国家緊急事態宣言は議会の予算に関する憲法上の権限を奪うものだ。トランプはもう一つの偽りの国家緊急事態宣言−−最新のものは先週−−を宣言した。そしてそれはほとんど注意を引かなかった。

 トランプがベネズエラに経済制裁を課すすべての執行命令には、ベネズエラがアメリカの「国家安全保障に異常な並外れた脅威」を与えており、ベネズエラがアメリカに「国家緊急事態」を引き起こしていると宣言する文が含まれている。

 これらのばかげた主張に主要なメディアが気がついていないという事実は、法学者らが指摘しているように、外交政策の分野において米国の法の支配がどれほど弱いかを示している。特にこのことは他国の人々を殺害している私たちの政府による侵略的な行動に当てはまる。

 そして、以下の点について間違ってはいけない。ベネズエラ経済の優れた専門家であり、野党側の経済学者のフランシスコ・ロドリゲスが指摘しているように、ベネズエラに対する米国の制裁は人々を殺害しつつあり、しばらく前から人々を殺害し続けているのだ。

 制裁措置による死者数の見積もりはないが、似たような状況の国々の経験を考慮すると、これまでに数千から数万人に達する可能性がある。そして、最近の制裁措置が続くと状況は急速に悪化するだろう。

 どのように経済制裁は人々を殺すのだろうか? ふつう制裁は経済に打撃を与えることによって人々を殺す。これには、限界の生活をしている人々に対する失業や収入減や、そして最も重要なのですが、薬、医療品、医療などの救命に必要なものに手が届かなくなることが含まれる。

 たとえば、1990年代のイラクでは、制裁措置によって死亡した子供の数は数十万人にのぼった。

 しかし、ベネズエラの人々は、イラク人よりも米国の経済制裁に対してさらに脆弱でした。ベネズエラは、経済が医薬品や食料などの必需品を輸入するのに必要とするほとんどすべてのドルを石油輸出に依存している。これは、石油生産を減らすものは何であっても、民間部門か政府に関わりなく、そして輸送や、スペアパーツや経済が機能するために必要なものと同様、人々が基本的に必要とする物資を輸入するために使うドルを減らすことで人々に打撃を与えるということだ。

 2017年8月のトランプの制裁は、ベネズエラがほとんど借入できなくなるような金融上の禁輸を課した。これは石油生産に多大な影響を及ぼし、生産量はすでに減少している。減少率は急速に加速した。制裁の翌年には、1日に70万バレル減少し、これは過去20ヶ月間の約3倍の速さだ。この制裁後の石油生産量の減少は、60億ドル以上の損失をもたらした。比較のために言えば、経済が成長していたときにはベネズエラは薬に年間およそ20億ドルを使った。 2018年の総輸入量は117億ドルと推定されている。

 これらの制裁の時点で、すでにベネズエラは深刻な景気後退と債務の再編を余儀なくされる国際収支問題に苦しんでいた。借金を立て直すためには新しい債券を発行することが必要だが、米国の制裁はこれを不可能にした。

 トランプの制裁措置 −− 2017年8月の制裁措置と現在の新しい石油禁輸措置 −− もまた、政府が現在、年間160万パーセントと推定されるハイパーインフレを終わらせる措置を講じることをほぼ不可能にしている。ハイパーインフレを安定させるためには、国内の通貨に対する信用を回復する必要がある。これは、新しい為替レートシステムや、ドルベースの国際金融システムへのアクセスを必要とするその他の措置を講じることによって行われる可能性が非常に高いが、制裁措置でそれができない。

 2015年3月にオバマ政権によって課された制裁措置(これも「国家緊急事態」と宣言された)も非常に深刻な影響を及ぼした。これは金融機関ではよく知られているが、主要メディアでは報道されなかった。ふつうメディアはこれらの制裁を米国政府によって宣伝されている「個人に対する制裁」として扱う。しかし、その個人が高レベルの政府関係者である場合、例えば財務大臣であれば、制裁はこれらの政府関係者を世界の大部分の金融システムの必要な取引から切り離すので、大きな問題を引き起こす。

 2015年3月以降、金融機関はベネズエラから離れる傾向にあった。なぜなら米国がベネズエラ政府を打倒する決定をする可能性が高まったため、政府への融資のリスクが高まり、経済が悪化するにつれて米国による政府転覆がありそうに思われたからだ。ベネズエラの民間部門は、国際信用から実際に切り離され、過去6年間で前例のない、実際ほぼ信じられない、輸入の80パーセント減少をもたらされ、これが輸入依存経済を壊滅させた。

 1月23日、トランプ政権は、現在ベネズエラ国会の議長を務めるフアン・グアイド氏を「暫定大統領」として承認すると発表した。そうすることによって(政治的に同盟国とともに)、ワシントンは基本的にベネズエラに対して貿易禁輸を課した。これは、ベネズエラの輸出市場の約4分の3(米国およびその同盟国)を占める石油販売からの収益が、もはや政府にではなく「暫定大統領」に渡されるためだ。米国の石油会社については、一時的に例外とされた。しかし、今回の禁輸措置は、以前の制裁措置がもたらした経済的損害、苦しみ、そして死を急速に拡大させるほど広範囲に広がっている。

 国連人権高等弁務官事務所の最新の制裁に関する声明は、「ベネズエラでの経済的および人道的危機の促進は紛争の平和的解決のための基盤ではない」と述べている。

 彼らの声明と行動から、トランプチーム −− 国家安全保障顧問のジョン・ボルトン、上院議員のマルコ・ルビオ、そして1980年代の戦争犯罪人で現在ベネズエラ特使のエリオット・エイブラムスを含む −− がベネズエラの危機の平和的解決に関心がないことは明らかだ。彼らは権力交代に至る過程で何人の人々が死ぬのかを心配するタイプではない。

 本当の疑問は、なぜ下院議員のナンシー・ペロシのような著名なリベラルがこの違法で野蛮な活動を支持するのかということだ。彼らがトランプと彼の制裁が何をしているのか分からないという可能性があるだろうか?

 Mark WeisbrotはワシントンDCの経済政策研究センターの共同理事で、Just Foreign Policyの代表。著書に『グローバル経済の「専門家」は間違っていた』(2015年、オックスフォード大学出版局)。

2019年3月7日
リブ・イン・ピース☆9+25 W