湯浅誠さんの講演を聴いて
「居場所」をつくり、「傘を開く」ために


 9月22日、大阪府吹田市で、自立生活サポートセンター「もやい」事務局長・反貧困ネットワーク事務局長である湯浅誠さんの講演会が行われた。自治体主催で人権啓発活動の一環としての講演であったが、「第2のロストジェネレーション」といわれ深刻化する若者・青年労働者の置かれている現状を、少しでも理解出来ればと聴きに行った。
 「社会の死角(貧困)をなくすために」というテーマであった。失業などの長期化によって様々の制度からはずれる="見えなくなる"人達が現れている。失業者の1/3、118万人がそうなっており、さらに増えていっている。湯浅さんは、貧困=貧乏ではない、貧困=貧乏+孤立だと規定した。
 どうしてこういうことになったのか? 湯浅さんは日本社会の仕組みを、国・企業・家族という「3つの傘」に例え、「3つの傘がしぼんで雨に濡れている人が増えた」と説明し、"本人が悪い"のではなく、貧困は社会が生み出した問題だと強く訴えた。
 1965年〜1970年代に"若者"であった湯浅さんの親の世代と湯浅さんの世代(今)を比べ、分配構造が変わってしまった、分配構造がこのままならば働く者に所得が回ってこないという。その言葉からは、景気後退だけが原因ではないんだという、現場の深刻さが伝わってきた。
 1990年頃からフリーターが増え、パラサイトシングルが増え、1990年代後半にはホームレスが増え、2000年代前半には国保の保険料が払えない、給食費が払えない、という人が増えてきた。社会もまわりも「あの人たちは・・」と本人の問題にして、その責任を問うてきた。2000年代後半、子供や親戚など身近にそういう人がでてきて、誰でも、正規で働いていても、そうなるかも知れないと、「傘が閉じている」ことに、ようやく気付いてきた。
 ではこの人達に誰が「傘」をかけるのか? 難しいと放置されたり、可哀想だがしょうがないと諦められているのが現状だという。放置出来ず、諦められないのが家族だ。家族なんだからと社会に努力を求められ、無理せざるを得なくなっている。家族構成も変わり、無理がつもっている。単身で親元に同居している40〜50代の人は193万人いる。100歳以上の行方不明者問題の背景には、親の年金に頼って、死亡届を出せないという現実がある。時々、"事件"となる家庭内問題も根は同じで、家族の崩壊ではなく、問題を抱えこんでしまっている"家族の悲鳴"だと思うと。
 日本は非常に短い期間に超少子高齢社会になっており、生産人口が急速に減る。すぐには変えられない。この状況の中で、湯浅さんは「ワーク・ライフ・ウェルフェア・バランスで全員参加型社会の実現を」を進めていきたいと話した。障害者を例にあげ、色々な人それぞれの「出来ること」に注目して、その能力を活用していく。育児・介護などを社会化していく=家族機能の外部化で女性の力を活用する。失業者、高齢者等にもそれぞれの力を発揮できる道をつくっていく。これまでのように、道路、橋、建物をつくるというお金の使い方じゃない、地域を生かし、人を生かすお金の使い方をすべきだという。
 湯浅さんは現在、内閣参与に復帰している。現場には問題がころがっている。これが政策の言葉にならない。政策が現場の声を拾い上げられない。自分は通訳の役割を果たしたい、と語った。
 講演を聴いて、グローバル資本主義が若者・青年層を精神的・肉体的に破壊にさらしている現実を、改めて感じた。貧困=貧乏+孤立に追いやられた彼等に、支配層は社会のあらゆる機能を使って、あらゆる場で自己責任論を押し付けてきたのではないか、私達は反論、反対が十分出来ているだろうか。
 まず、今のこの「時代」を、この社会を、彼等の思いを理解すること、そしてそれは、自分達の置かれた地域・職場・家庭で行動するなかで理解しなければと思う。共通の言葉でコミュニケーションが成立していけば、「居場所」が出来、困難であっても「傘」を自ら開こうとする人は増えていくのではないかと思えてきた。

2010年10月4日
リブ・イン・ピース☆9+25 A