「動的防衛力」の名の下に、「武力紛争」を準備する
新防衛大綱の危険
  

 昨年12月17日、今後10年間の日本の防衛政策の指針を定める「防衛計画の大綱」(新防衛大綱)が閣議決定された。2004年以来6年ぶりの改定で、鳩山政権で一年間先送りされたものだ。今回の決定は、これまでの防衛政策の基本理念(専守防衛、「基盤的防衛力構想」)を変更し、自衛隊のあり方を根本的に変える危険な内容をもっている。
平成23年度以降に係る防衛計画の大綱について(首相官邸)
新防衛大綱:「動的防衛力」を構築 中国、北朝鮮情勢懸念(毎日新聞)
新防衛大綱、南西諸島の防衛強化へ 中国に懸念(AFP)

 最大のポイントは、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)および中国を脅威と明記し、軍事衝突を辞さない、とりわけ尖閣問題で中国と積極的に領土紛争をする、それにふさわしい自衛隊の改革を行うことを掲げ、これを「動的防衛力」「動的抑止力」という言葉で表したことにある。
 普天間移設問題での鳩山政権の崩壊、昨年6月の尖閣問題での閣議決定とメディアによる領土ナショナリズムの扇動、9月の尖閣衝突事件、昨年末の米韓、日米軍事演習など一連の動きが密接に絡んでいる。
 今回、最大の目玉とされてきた武器輸出三原則の緩和は見送られたが、決して油断することは出来ない。財界やメディアからは見送りへのバッシングが行われ、ミサイル防衛の共同研究と第三国、とりわけ欧州への技術輸出についての実務レベルでの画策が根強く行われているからである。
在日の欧州防衛関連10社:日本と防衛産業で協力狙う−委員会発足(Bloomberg)
弾道ミサイル防衛の日米共同開発頓挫 輸出の見解に相違(朝日新聞)

 新防衛大綱の主な特徴は以下である。
(1)「基盤的防衛力構想」から「動的防衛力」「動的抑止力」
(2)中国と北朝鮮の脅威を明記
(3)平時から有事、演習から実戦、軍事衝突から戦争への「シームレス」
(4)南西重視、島嶼防衛の強化
(5)「自衛隊の海兵隊化」
(6)米軍の対中軍事戦略「統合エア・シーバトル戦略」
(7)日本版NSC、武器輸出三原則見直しなど。

 新防衛大綱は、ソ連による大規模軍事侵攻を想定した「基盤的防衛力構想」と決別し、北朝鮮・中国との対決に重点を置いた「動的防衛力」を採用している。それは、決して中国との大規模軍事対決を想定しているのではなく、小規模の島嶼紛争を想定している。それだからこそ、軍事衝突・戦争の敷居を著しく低くすると言わざるを得ない。危険な新防衛大綱とその具体化に反対しなければならない。

[1]「基盤的防衛力構想」、専守防衛から「動的防衛力」「動的抑止力」への根本的転換
 これまでは、ソ連の軍事侵攻を想定し、陸自と戦車を中心に北海道に重点を置きながら、戦力を全国にまんべんなく配備し、最小限の兵力で侵略を未然に防止する=「基盤的防衛力構想」が防衛政策の基礎となっていた。
 ところが、今回の防衛大綱では、1976年に「基盤的防衛力構想」が制定されて以来実に34年ぶりにこの概念が破棄されたのである。

□「防衛力の存在自体による抑止効果を重視した、従来の「基盤的防衛力構想」によることなく、各種事態に対し、より実効的な抑止と対処を可能とし」
□「防衛力を単に保持することではなく、平素から情報収集・警戒監視・偵察活動を含む適時・適切な運用を行い、我が国の意思と高い防衛能力を明示しておく」
□「装備の運用水準を高め、その活動量を増大させることによってより大きな能力を発揮すること。」
(新防衛大綱より)

 すなわち、事態に対して、絶えず戦闘できる態勢を維持しておく。空海自衛隊を強化。兵器の数ではなく、どれだけ日常的に動かし、臨戦態勢をつくっておけるか。それが「動的防衛力」「動的抑止力」の概念である。

 従来は、いわば自衛隊の活動の範囲を広げる形で憲法9条を踏み外し、集団的自衛権に抵触してきたが、今回の改定は、自衛隊の性格やあり方を大きく変え、専守防衛を文面上も捨て、攻撃的・侵略的な性格を前面に押し出すことで憲法9条を踏み外そうとしている。

■1976年 防衛大綱策定
   「基盤的防衛力構想」
■1994年 防衛大綱改定
   大規模災害の一環として朝鮮半島有事への対応
■1996年日米共同宣言(クリントン・橋本)
   「周辺事態」の対応
■2004年 防衛大綱改定
   「対テロ」へのシフト。海外派兵と即応性、機動性の強調。
■2005年2プラス2会議 「グローバル安保」
   安保は日本極東の平和と安定に寄与するだけでなく、世界の平和と安定に寄与する。

[2]中国と北朝鮮の脅威を明記
 新防衛大綱で今回はじめて中国を名指しして「懸念事項」とし、「北朝鮮の脅威」と並んで「中国の脅威」を明記した。2004年の防衛大綱では、「中国の動向に注目」とだけされていた。新防衛大綱には以下のように記述されている。

□北朝鮮の「軍事的な動きは、我が国を含む地域の安全保障における喫緊かつ重大な不安定要因」
□「中国は・・・中国は国防費を継続的に増加し、核・ミサイル戦力や海・空軍を中心とした軍事力の広範かつ急速な近代化を進め、戦力を遠方に投射する能力の強化に取り組んでいるほか、周辺海域において活動を拡大・活発化させており、このような動向は、中国の軍事や安全保障に関する透明性の不足とあいまって、地域・国際社会の懸念事項となっている。」
□「我が国は広大な海洋を有し・・・多くの島嶼を有するという地理的要素」
□「大規模着上陸侵攻等の我が国の存立を脅かすような本格的な侵略事態が生起する可能性は低いものの、我が国を取り巻く安全保障課題や不安定要因は、多様で複雑かつ重層的なものとなっており、我が国としては、これらに起因する様々な事態(以下「各種事態」という。)に的確に対応する必要がある。

 つまり、中国との本格的軍事対決は想定しないものの、島嶼関連でのさまざまな軍事衝突には積極的に関与することを明記している。

[3]平時から有事、演習から実戦、軍事衝突から戦争への「シームレス」
 新防衛大綱では、「シームレス」という言葉が重要な概念として登場する。

□「我が国周辺における各国の軍事動向を把握し、各種兆候を早期に察知するため、平素から我が国及びその周辺において常時継続的な情報収集・警戒監視・偵察活動(以下「常続監視」という。)による情報優越を確保するとともに、各種事態の展開に応じ迅速かつシームレスに対応する。」
□「科学技術の飛躍的な発展に伴い、兆候が現れてから各種事態が発生するまでの時間が短縮化される傾向にあること等から、事態に迅速かつシームレスに対応するためには、即応性を始めとする総合的な部隊運用能力が重要性を増してきている。」
□「同盟国等とも連携しつつ、平素から国として総力を挙げて取り組むとともに、各種事態の発生に際しては、事態の推移に応じてシームレスに対応」

 すなわち、日常的な情報収集・警戒監視・偵察活動から実際の軍事対応へ、軍事演習から戦争へとシームレスな対応が要求されている。昨年末から立て続けに起こっている、「朝鮮半島有事」と「島嶼防衛」の日米軍事演習は、軍事演習から実際の侵略へエスカレートしていく危険をまざまざと示した。
日米合同軍事演習「キーン・ソード」の危険(1)〜(7)他(リブインピース・ブログ)

[4]「南西重視」、「島嶼防衛」の強化で、戦争の危機が高まる
 これらのことをふまえ、防衛力の重点配備を南西方面とし、南西諸島での自衛隊の増強が目論まれている。それは、在日米軍基地が集中する沖縄とその周辺地域に軍事力を増強することであり、在日米軍だけでなく、自衛隊基地をも増強して、沖縄に対してさらなる負担を押しつけることである。著しく脅威を高めることになる。
○沖縄への自衛隊配備の増強
 沖縄第15旅団を師団化し、約2100人から8000人への増強
○南西諸島への自衛隊配備
 ・与那国島に陸上自衛隊100人から200人の沿岸監視部隊。
 ・高性能レーダーで中国艦船の監視、中国軍内部の通信傍受などを任務とする情報部隊の設置
 ・昨年末には、「無人偵察機」の導入の報道
○潜水艦の増強−−対中国艦船(16隻から22隻に増強)
○P3Cによる対潜水艦哨戒活動の強化
○イージス護衛艦の強化(4隻から6隻に増強)

 沖縄のメディアなどからは、これが沖縄をあらたな「捨て石」「要石」にしてしまうこと、新防衛大綱こそが戦争の脅威の源泉となってしまうこと、平和外交を放棄した安易な軍事化路線であることに強い危機感が表明されている。
[新防衛計画大綱]軍拡競争を煽らないで(沖縄タイムス)
新防衛大綱 ソフトパワーこそ必要だ(琉球新報)
新防衛大綱 軍拡の口実を与えるな(東京新聞)
新防衛大綱 外交努力があってこそ(中国新聞)

 防衛省は今年夏に九州・沖縄地域で行う実動演習に、陸上自衛隊第7師団(北海道千歳市)を派遣する方針だ。北海道に駐屯する陸自の基幹部隊が、九州方面の訓練に参加するのは初めてである。主力部隊を北海道から南西諸島に長距離移動させ、プレゼンスを確保しようとしている。南西対応の兵力配置に数年かかるとされ、「動的抑止力」を早急に機能させるために、機動的な実動演習が頻繁に繰り返されるのである。
新防衛大綱 「中国シフト」に伴う懸念(西日本新聞)

V 防衛力のあり方
1 防衛力の役割
(1)実効的な抑止及び対処
ア 周辺海空域の安全確保
イ 島嶼部に対する攻撃への対応
ウ サイバー攻撃への対応
エ ゲリラや特殊部隊による攻撃への対応
オ 弾道ミサイル攻撃への対応
カ 複合事態への対応
キ 大規模・特殊災害等への対応

2 自衛隊の態勢
(1)即応態勢
(2)統合運用態勢
(3)国際平和協力活動の態勢
3 自衛隊の体制
(2)体制整備に当たっての重視事項
ア 統合の強化
イ 島嶼部における対応能力の強化
ウ 国際平和協力活動への対応能力の強化


























[5]「自衛隊の海兵隊化」
 「動的抑止力」=自衛隊の機動力の強化については、「自衛隊の海兵隊化」への根強い衝動がある。政府高官らによって、何度も何度も言及されている。言うまでもなく海兵隊は米軍の他国侵略の先兵であり、アフガニスタンやイラクでも重大な役割を担っている。これは、「専守防衛」からの脱却にとって、決定的に重大な意味をもつ。
陸自、歩兵連隊の「海兵隊化」検討 離島防衛の強化狙う(朝日新聞)

□長島昭久防衛政務官
 「なんでもかんでもアメリカに助けに来てもらうメンタリティーから脱却していかなければならない。(日本の)南西方面は手薄だ。陸自は一部海兵隊(米軍)の機能を担うように変わらなければならない」(2010年7月26日 )
□北沢俊美防衛相
 「冷戦時代は、ソ連の脅威を前提に陸上自衛隊に力の入った整備をした。これからは機動的な展開が求められる。米軍の海兵隊のような一つのパッケージで、さっと動けるものをどうつくっていくかだ。」(2010年10月5日)
□金田秀昭・元海自護衛艦隊司令官
 「陸自は上陸作戦だけをやっていても海兵隊にはなれない。米海兵隊は地上兵力と海空の統合部隊だ。例えば、呉(広島県)の輸送艦『おおすみ』が強襲揚陸艦のような役割を果たし、三沢のF2戦闘機が近接航空支援をやる。『海兵隊化』とは、自衛隊の文化を根本から変えることだ」(2010年10月)

[6]米軍の対中軍事戦略「統合エア・シーバトル戦略」の一翼を担う危険
統合エア・シーバトル戦略

第一に、西太平洋海域の軍事拠点整備の更なる強化。2009年、米国は巨費を投じてグアムの空軍基地の拡張、及び、海軍施設の整備を行い、米軍の主要な最前方作戦基地とした。

第二に、グアムの空海軍の常駐兵力の増強。米海軍はグアムに一個空母打撃群の配置を計画し、既に攻撃型原子力潜水艦を15隻にまで増やした。米空軍は爆撃機6機、F15E戦闘機48機、無人偵察機「グローバルホーク」3機、空中給油機12機、及び、最新型のステルス戦闘機F/A-22ラプターを増備する。

第三に、西太平洋海域の空海合同軍事演習の強化。米軍は最新鋭の原子力空母ジョージ・ワシントン号を横須賀の海軍基地に配備し、いつでも同盟国、友好国との東シナ海、黄海、南シナ海における空海合同演習に参加できるようにして、中国の軍事力を威嚇、牽制する考えである。

第四に、アジア太平洋地域における基地建設の強化。既に、米軍はマレーシア、シンガポール、タイ、フィリピン、ベトナムなどの東南アジア諸国及びオーストラリアで新たな基地の建設、及び、インドの軍事基地の借用を計画し、西太平洋海域における危機対応力の向上を目指している。
米軍の対中作戦新戦略「統合エアシーバトル構想」(Japanese-China)

 新防衛大綱における、対中・対北朝鮮重視の戦略転換は、2010年2月米国QDR(4年ごとの国防政策見直し)における統合エア・シー・バトル戦略の提起と不可分である。
 統合エア・シーバトル戦略は、中国封じ込め、米海空軍による中国軍への排除戦略を基本とする。それは、中国の戦略を「アクセス拒否戦略」「接近拒否戦略」などとし、米の空海軍部隊が西太平洋海域に自由に展開する軍事力輸送能力を維持することを目的としている。自衛隊のP3Cやイージス護衛艦、潜水艦の増強は、米の対中戦略を補完する役割を日本の自衛隊が担わされることを意味する。かつての対ソ連三海峡封鎖作戦を彷彿させる、危険な南西海域中国封じ込め作戦に、日本の自衛隊は知らず知らずのうちに深く組み込まれていくことになるのである。
 日本政府は、尖閣問題でこじれた中国との外交関係を、米国に追随した対中軍事対決ではなく、平和外交で立て直す戦略を構築すべきである。

2011年2月7日
リブ・イン・ピース☆9+25
(1/23リブインピース@カフェ報告に加筆訂正したものです。)