沖縄県東村高江N1ゲート、N1裏ゲート座り込み行動に参加して









 安倍政権は、沖縄県東村高江のオスプレイ・パッド建設着工を強行した。
 7月22日には、N1ゲートの座り込みが、沖縄県警、警視庁機動隊、大阪府警機動隊、愛知県警、千葉県警、神奈川県警、福岡県警の暴力によって排除され、テントなどが撤去された。工事用車両が通行できるような鉄の扉が設置され、警察機動隊員と警備会社ALSOKのガードマンが24時間警備するという、異常な態勢が敷かれている。

 沖縄防衛局はさらに、N1裏ゲートの反対派テントを8月5日までに撤去するよう「要請」してきた。8月4日〜8日にテントの撤去が強行される恐れがあり、全国から高江に集まるように呼びかけられた。リブ・イン・ピース☆9+25の3名が、8月6〜7日にN1裏ゲートでの座り込みに参加した。

 6日、那覇市内で、クーラーボックスと弁当や飲料水を買い込み、車中泊出来るような態勢で、高江のN1ゲートに向かった。途中の米軍北部訓練場のメインゲートには、愛知県警の機動隊車両が停車し、にらみをきかせていた。N1ゲートに到着すると、「練馬」や「なにわ」ナンバーを付けた機動隊車両が駐車し、N1ゲートの鉄の扉を警備していた。
 道路の向かい側には、ヘリパッドに反対する住民の会のテントが設置され、監視行動が行われていた。6日も午前中にダンプカー10台が、N1ゲートから基地内に入った。私たちは機動隊に抗議行動を行った。住民の会の方に「夜間も工事されているのか」と尋ねると、「夜間は工事していない。本ハブや姫ハブが夜間に出没するので、危なくて工事はできない。本ハブに噛まれたら、すぐにドクター・ヘリを呼んで、血清を打たないと死んでしまう」と答えてくれた。沖縄北部のやんばるの森にオスプレイ・パッドを作ることが、いかに自然をぶち壊すのかを実感した。

 次にN1裏ゲートに向かった。新川(あらかわ)ダムの堤防を通り、農道のような、車1台しか道幅のない道の途中にN1裏ゲートがあった。裏ゲートの前後に、50台を超える車が1列に駐車していた。この車の中で車中泊している方もいるのであろう。
 N1裏ゲートの入り口は、人一人しか入れない狭さだった。入るとテントが設置され、その奥でテント設営の作業が行われていた。柱が組み立てられて、ブロックに板もおかれ、座り込む場所が作られていた。50人ぐらいの方が手際よく作業していた。N1裏ゲートは、座り込む場所が狭いので、座り込む場所の設営が大事だ。
 テントには、食料や飲料水が次々に運び込まれていた。作業されている方から「ここに来られない方が、自分の分まで頑張ってもらえるようにと送ってこられるのです」と聞いた。ここに来られなくても座り込に参加するという強い意志が感じられた。
 N1裏ゲートからオスプレイ・パッドまで1km、登りの小道で、700mは歩いていくことができるという。沖縄防衛局は、N1ゲートから1日10台のダンプカーで砂利を搬入している。N1ゲートからヘリパッド建設予定地まで、約2qの上り下りの尾根伝いの小道を拡張して、砂利を敷き詰めているという。N1裏ゲートからも砂利を敷き詰めて、工事用道路の確保を狙っている。

 私たちは、6日夕方5時前にN1裏ゲートに到着した。テントの設営も手伝った。夕食後、今日は沖縄防衛局・警察による撤去がないとのことだったので、沖縄の友人宅で、東京から来た友人と交流した。そこへ、「午後9時半ごろ、ミュージシャン三宅洋平氏が、安倍首相の妻、昭恵氏をN1裏ゲートに連れてきた」というニュースが飛び込んできた。一体どういうことなのか。全く驚愕の事態だ。東京の友人は「三宅氏は『選挙フェス』を渋谷などで行い、参院選でも20万票を獲得している。昭恵氏をテントに連れていくのはパフォーマンスではないのか」と批判していた。

 8月7日(日)、私たちは、9時に友人宅を出て、10時にN1ゲートに到着した。沖縄県北部地方には、大雨・落雷注意報が出ていて、豪雨の中での座り込み行動となった。N1ゲート前には、警察・機動隊や警備会社の警備員も最少人数しか出ていなかった。最近やんばるでは、歩行者が落雷を受け、意識不明の重体に陥るという事故が起こっている。私たちは、N1ゲート前のテントで、「リブ・イン・ピース☆9+25」のバナーを掲げて抗議した。

 その後N1裏ゲートに移動。テントは完成していた。100人近い方が座り込んでいた。このテントがないと、大雨が防げないし、好天になれば日差しは半端なものではない。座り込みや泊まり込みのためには、このテントが絶対に必要だ。
 テントから先の小道を歩いた。うっそうと茂るやんばるの森だった。ここを1q歩くとオスプレイ・パッド予定地に行き着くが、300mぐらい先には大きな水たまりがあり、進めなかった。オスプレイ・パッド建設のための通路を作るだけでも難工事が予想され、工事を1日でも多く遅らせる抵抗闘争が大事だと実感した。

 私たちは、13時ごろN1裏テントを後にして、14時ごろから辺野古のキャンプ・シュワブ・ゲート前の座り込みに参加した。その後、辺野古の浜の座り込みテント村を訪ね、交流した。

 足早のN1ゲート前、N1裏ゲート前の座り込み参加となったが、常に情報や状況を共有しながら、私たちの周りでできることは何かを思いを巡らせ、1人でも多くの人が高江に足を運んで、実態を学び、抵抗する大事さを実感すべきだと思う。頑張りましょう!!

2016年8月13日
リブ・イン・ピース☆9+25 KB

以下は、同行者の感想です。

 やんばるの自然の豊かさ貴重さを実感した。壊してはならない。車からも、道路上でヤンバルクイナや亀が確認できた。うっそうとした樹木、それが水資源を産み出し、県民の財産というだけでなく、国立公園、世界自然遺産としてもその価値が評価されようとしている。反対に、雷鳴を伴う大雨は、道路わきの斜面を崩し、赤土の表層を露わにしていた。リーフは流出したそれで全面濁っている。サンゴやこれまた貴重な生物種にダメージを与えかねないかとも思った。オスプレイ・パットの建設事態がもたらす直接の自然破壊、そして運用上におこる騒音・低周波がもたらす環境、生活破壊を絶対に許してはならない。

 辺野古との分断。「戒厳令」下に等しい当局、機動隊のやりたい放題の暴力と圧迫。道路の進入禁止、ゲートに近寄らさないための県管理地での金網設置、テントと中にある個人所有も含む物品の略奪等を行った。まさに明治政府が軍隊・官憲で首里王府を吸収した「琉球処分」に等しいものである。先月22日の強行工事着工は、一部のテレビやネット配信で伝えられたにすぎない。闇に葬らせない。現地で学ぼう。
 N1ゲート前の抗議では、少ない人員から割り出し、たった1人で夜間の動きに対応するために闇に包まれた中での警戒に当たっている。心を揺さぶるものがある。我々は、いかに応えるべきか、問われている。

 屈せず闘いは継続されている。N1ゲ−トへの工事車両の搬入は阻止することはできなかった。毎日10台のトラックが行き交っている。それに対し、進入トラックの前に反対行動の車が割り込んで遅らせている。わずか数時間の遅延をもたらすだけだが、屈しない取り組みが敢行されている。
 これらの創意工夫の行動、跡切れのない闘いは、支援の連帯の結集を勝ち取り、現地への大量の抗議行動の結集が実現されれば、ゲートに通じる道路は狭くて細いがゆえに、埋め尽くされて、完全に封鎖されるだろう。今行われている1日の10台の砂利搬入のトラックでは40日かかると言われている。辺野古と同様に暴力的で不当なやり口を全国に発信できるであろう。現に高江の現地には、いても立ってもいられない人たちがテントを担ぎ、あるいはバイクでと、全国から駆け付けている。水や食料が大量に送られている。

 高江が呼びかける行動に応えよう。搬入阻止を維持しているN1裏のゲートでは、100人を超えて集まるテントが構築された。狭い道路に数十台の車が集まり、進入阻止を維持している。突破されたN1ゲートも再度のピケ線を張れば、巻き返しが可能となりえる。それには、1000人以上の結集が必須となる。それは可能だ。7月22日の前日には1800人の現地集会が行われた。敵に隙間を与えない連日の行動、緊急の即応体制が必要となってくる。辺野古でのような島ぐるみでの応援バス等の支援体制、そのための支援カンパ、それを可能とする本土の強力な連帯活動がが求められている。(N)