シリーズ:「教育基本条例」の危険(その一)
はじめに――大阪の学校教育を破壊する「教育基本条例」
  
「教育基本条例」案の府議会提出に抗議する
 橋下大阪府知事と大阪維新の会は10月5日、大阪府議会に「教育基本条例」案を「職員基本条例」案とともに提出しました。維新の会は8月半ばの条例案の作成以降、各方面から激しい批判にさらされてきました。教育委員会と教育委員、府職員幹部、高校校長、PTAなどから批判を受け、維新の会の府議員からさえ批判がでていました。
 9月16日開催の定例大阪府教育委員会会議では「教育基本条例」について異論が続出しました。さらに、30日府総務部は、「職員基本条例」について、法律上の問題点などを指摘した計687項目もの質問書を維新の会府議団に提出しました。10月3日の府立高校・支援学校の校長らとの会合でも批判が噴出しています。条例提出後の10月7日にも知事と府教育委員との会合が行われ、激しい批判にさらされています。「学校の人間関係がつぶれてしまう」「教職員のやる気がなくなる」「過疎地の子どもが学校に行くなということか」など、評価・解雇条件、廃校などに対する批判が集中しています。
教育基本条例に関する意見交換会 議事録
大阪府教育基本条例案に係る維新の会と府立学校長との意見交換会 議事録
大阪府:維新の会の基本条例案に総務部が687項目質問状

 その結果条例案作成は大幅に遅れ、9月20日の府議会開会時には素案さえ提出出来ませんでした。ところが維新の会は、府による越権行為や人事権の侵害などといった法律に露骨に抵触する条項をわずかに手直しするだけで上程したのです。

 たとえば以下のような手直しが行われています。
(1)“教職員は・・・いかなる会議・場所においても、校長の学校経営方針に反する意思決定をしてはならない”という項目がありましたが、削除されました。いかなる場所(廊下の立ち話や居酒屋など)でも校長批判をしてはならないというのは人権侵害以外の何者でもありません。しかし、教職員の校長への服従義務は残っています。
(2)学校毎に人事評価を行い、5段階評価の最低ランクを2年連続してとった教職員はクビとしていましたが、学校間に格差があるということで、府立学校の全教員を対象にした人事評価に変えました。しかし最低ランク2年連続でクビというのは残っています。
(3)同じ職務命令に3回連続で違反した場合「直ちに分限処分(クビ)」としていたものを、「標準的な分限処分は免職」とし、クビかどうかの最終判断は任命権を持つ教育委員会がすることになりました。したがって「君が代」不起立3回で“有無を言わさず即時クビ”ではなく、“基本的にクビ”とかわりました。
(4)校長・副校長の公募では、府教委が「人材の確保が困難」と主張したため、すぐに切り替えるのではなく、8年以内に全正副校長の公募を義務付けることに変わりました。
(5)学校統廃合では、特別支援学校や定時制学校を対象外にしました。3年連続で定員割れした一般の府立高校に限って廃校の対象にすることになりました。
(6)“周辺地域住民が府立学校への支援義務を負う”という規定は削除されました。おそらく「周辺住民」という不特定多数に学校支援義務を負わせるのは憲法違反であるためと思われます。しかし、保護者の学校支援義務や家庭教育の義務、学校への“不当な要求”禁止の条項は残っています。

 これらをみれば明らかなように、修正された項目は極めて技術的な問題ですぐには実現困難であるとか、あまりにも日本国憲法や教育関連法案に違反するなどの箇所を修正したにすぎません。そして、削除されたり修正された項目には、橋下知事や維新の会のホンネが現れており、この条例の解釈や運用で暴走する危険をはらんでいるのです。

条例は、これまで進んできた教育改悪の制度化・全面化
 私たちはすでにホームページでも明らかにしているように教育基本条例が、以下のような点で現在の学校教育を根底から破壊するような重大な問題をもっていると考えます。
 それは、愛国心教育、差別選別教育・格差教育、教職員評価育成システムと教職員統制、「日の丸・君が代」起立強制と不起立教職員の処分、教科書改悪とつくる会教科書の採択、全国学テと学校の序列化など、国レベルで、また地方自治体レベルで進んできた教育改悪を一気に条例によって制度化し、全面化するものです。
教育への政治介入をシステム化し、子どもたちを競争に駆り立てる大阪「教育基本条例案」に反対しよう

(1)そもそも教育基本法で禁止されている教育への政治介入を条文化していること。

(2)府の教育の目標を知事が決定し、様々なレベルでの知事の教育への介入が制度化されてしまうこと。これによって子どもの現実を無視した、恣意的な教育目標決められてしまう危険があること。

(3)知事、教育委員会、校長、教職員、児童・生徒という絶対的な服従・強制するシステム、ヒエラルキーができあがってしまうこと。これは「教育は2万%強制」という橋下知事の教育観が露骨に反映していること。

(4)「思想・良心の自由」に基づき「君が代」不起立を貫いてきた教職員に、不起立3回での解雇が条例化されてしまうこと。「君が代」不起立で解雇というような懲戒は全国どこにも存在しない。不起立で3回の停職処分を受けた根津公子さんも東京都は免職にすることが出来なかった。根津さんらが停職処分取り消しを求めていた最高裁の口頭弁論が11月28日に開催されることが決定している。最高裁で停職処分が「裁量権の逸脱」と判断される可能性が高まっている。

(5)教職員を5段階で評価し、最低評価を2年連続で受けた教職員は解雇の対象となること。60人の学校では毎年3人が解雇の対象になるというレベルの異常な条項である。

(6)現在の労働法規・労働慣行を全く無視し、学校統廃合などによって生じた余剰人員は自由に解雇できるという規定がはいっていること。

(7)教育の目標が、愛国心注入とエリート育成、グローバル社会の人材育成などとされていること。さらに権利ではなく義務や規範意識の徹底、競争と自己責任イデオロギーの強調など、日本国憲法や教育基本法の理念さえ踏みにじる目標が列挙されていること。およそ「人格の完成」「個人の尊重」という子どもたちのための人間形成を重視した教育とはかけ離れていること。

(8)差別・選別教育、格差教育の推進が義務づけられていること。学力テストの公開による学校の序列化。高校の学区制廃止。3年連続で定員を下回った学校は廃校の対象となるなど、学校現場の努力や子どもたちの現実を考慮しない切り捨て。

(9)家庭の状況や地域の状況などを無視して家庭の教育の義務が科せられていること。また、保護者は学校の運営に協力する義務を負い逆に保護者からの「不当な」要求は禁じられること。

(10)校長・副校長の公募は、学校運営自体を崩壊に導く危険があること。教育のことを全く知らない校長が絶大な権力をもって学校を支配し、教職員は校長に服従する義務を負うという異様な上下関係が制度化されること。

(11)学校における教職員間の信頼関係を根底から崩し、「協働」を不可能にしてしまうこと。

(12)教科書選定の権限が教員から取り上げられ、校長・学校協議会の判断にゆだねられることから、侵略戦争賛美や権利制限・義務強調などで重大な問題がある「つくる会」系教科書が採択される危険が格段に高まること。
等々

教育現場の実態を無視した条例は大阪の学校教育を破壊する
 このような条例が可決され、施行されることになれば、大阪の学校教育は間違いなく崩壊することになります。詳細に個別の条項批判に立ち入るまでもなく、強制、支配、絶対服従、制裁、懲罰、監視、競争――このような重苦しい雰囲気が蔓延する学校現場でまともな教育ができる訳がありません。何よりも子どもたちに多大なストレスを与え窒息させてしまいます。学級・学校の崩壊と公教育の崩壊は、地域社会そのものの崩壊へと導くことになります。
 現実の学校では、懇談会やPTA、学級通信や学年通信などを通じて保護者と教職員、学年団、担任団などとの信頼関係を構築し、苦労や悩みなどを共有しながら子どもたちを見守っている現状があります。
 教職員への不信をあおり監視の対象としたり、保護者に学校に協力する義務を負わせたり、学校への要求を禁じたりすることは、このような日常的な信頼関係を破壊することにつながります。学校教育が成り立つ枠組みそのものを崩してしまいます。
 「教育基本条例」の成立で被害を受けるのは子どもたち自身です。橋下知事の「教育は2万%強制」という教育観は、極めて前近代的・非人間的であり、子どもへの愛情も信頼も大切に育てようという気持ちも何もありません。個人の尊厳を重んじ、子どもを一個の人格として尊重し、子どもたち自身の豊かな人間形成を目指していくという教育とは相容れません。
 私たちはこのシリーズで橋下知事・大阪維新の会の「教育基本条例」が大阪の学校教育を破壊し取り返しが付かないようにしてしまう危険があることをあきらかにしたいと思います。

(参照記事)
大阪府「教育基本条例案」、橋下知事と教育委員が対決(読売新聞)
橋下知事vs府教育委員、教育基本条例案で意見交換(朝日新聞)
大阪ダブル選:維新条例案、府議会本会議で上程 総務委、教育委で議論へ /大阪(毎日新聞)
教育条例案 校長側「怖い」…維新と意見交換(読売新聞)
「教育基本条例」現役校長から賛否両論 維新府議と討論(朝日新聞)
学テ学校別成績公表 41市町村教育長「反対」…大阪府議会で議論(読売新聞)
5委員「可決なら辞任」 教育基本条例に反発 府教委(朝日新聞)
橋下知事と大阪府教育委員が異例の「直接対決」へ 教育基本条例案(産経新聞)

(条例案)
大阪府議会
職員基本条例
大阪府教育基本条例

2011年10月10日
リブ・イン・ピース☆9+25

シリーズ:「教育基本条例」の危険
(その一)はじめに――大阪の学校教育を破壊する「教育基本条例」
(その二)「教育行政への政治の関与」「民意の反映」とは、“大阪の教育はオレの好きなようにやらせろ”ということ
(その三)府立学校長からも批判噴出――10月3日維新の会と府立学校長との意見交換会議事録より
(その四)教育をすべて競争にしてしまう
(その五)グローバル社会を批判する人々は矯正が必要?
(その六)教職員間の信頼関係を根底から崩し、教員をつぶしてしまう
(その七)教育基本条例は、"集団的営みとしての教育"を破壊する
(その八)教育基本条例が依拠するのは、すでに破綻したサッチャー「教育改革」
(その九)保護者に、学校への協力や家庭教育の義務が課せられる
(その十)児童・生徒への「懲戒」条項
(その十一)寸劇「ユーケーリョクのコーシ」(家庭教育義務違反の悲劇)
(その十二)橋下語録に見る教育基本条例の危険性
(その十三)学校協議会が、校長・教員の評価、学校評価、教科書選定の権限をもつ強大な権力機関に
(その十四)重要なのは教育の質より生徒の頭数??――理不尽な競争に駆り立てられる公立・私立高校
(その十五)たとえ「民意を反映した」政権でも、教育への政治介入は許されない
(その十六)軍国主義教育(上)──教職員と教育の統制・支配から「教育の死」へ
(その十七)軍国主義教育(下)──教科も行事もあらゆるものが天皇賛美・戦争遂行の道具に