シリーズ:「教育基本条例」の危険(その三)
府立学校長からも批判噴出
――10月3日維新の会と府立学校長との意見交換会議事録より
  

 「大阪府教育基本条例」案に対しては、新聞でも報道されているように、府立高校の校長からも批判が出ています。ここでは10月3日に行われた「大阪府教育基本条例案に係る維新の会と府立学校長との意見交換会議事録」をもとに、校長からの批判を紹介したいと思います。
 意見交換会の冒頭、中西教育長は“大阪の公立学校教育をリードする府立学校長として、民間人校長、支援学校長、女性校長などできるだけ多様なメンバー構成にした”と述べながら、大阪維新の会の大橋政調会長から、“自由に人選してもいいが、中原先生には入って欲しい”という要請があったことを明かしています。橋下知事の友人で民間人校長として脚光を浴びる中原和泉高校校長を参加させ、間違っても議論が変な方向に行かないようにしようという意図だったのかも知れません。ところが中原校長自身も条例案に異論を表明しています。
 意見交換会に参加した府立学校長は、鈴木たまがわ高等支援校長、山田西成高等学校長、前金剛高等学校長、中原和泉高等学校長、秦寝屋川高等学校長、兵庫天王寺高等学校長、山口茨木高等学校長の7人です。
大阪府教育基本条例案に係る維新の会と府立学校長との意見交換会 議事録
教育条例案 校長側「怖い」…維新と意見交換(読売新聞)
「教育基本条例」現役校長から賛否両論 維新府議と討論(朝日新聞)

5段階評価は信頼関係をつぶす  “最下位ランク2年連続でクビ”は恐怖だ
 「条例」案における、教職員を相対評価して最下位ランクが2年連続で分限免職の対象となる規定に対し、たまがわ高等支援学校の鈴木校長は、一つの基準による相対評価を導入すると、「生徒の特性を的確に把握して、適性を見極めて、得意なものを伸ばすことて就労して社会参加させるたまがわ高等支援学校の教育は成り立たない」と支援学校の教育そのものを破壊するものとの評価を述べます。そして学校での教員と生徒との関係についてのとてもリアルな認識を続けます。
 たまがわ高等支援学校の鈴木校長 「生徒も教師も人間同士なので、合う人間と合わない人間が絶対いる。私がS・A評価をつける人間が、どの生徒にも有益な教育活動ができているとは限らない。私がC評価をつけようかと思っていても、ある生徒には、人生を変えるくらいインパクトを与える教師もいる。そういう教師も学校には必要。それが教育の特性であり面白さでもある。そういった意味で、相対評価が、学校の特性から言えば、必ずしも適しているとは言えないと考えている」

 さらに、茨木高校(第一学区普通科)山口校長は“必ず最低評価をつけるやり方は教員同士の信頼関係をなくす。毎年、辞めないといけない教員が出ることに恐怖を感じる”と批判しました。山口校長は学校によって使命が違うとして、学校の特性を無視した相対評価を批判しますが、評価そのものが信頼関係をつぶしてしまうことに恐怖を感じています。
 茨木高校山口校長 「今回出しておられるD評価を5%決めなさいということについては、はっきり言って、できない。府内全体で見たときに、学校によって本当に使命が、ミッションが違う。だから、それを一緒にはできない。あくまでも絶対評価でまず校長を信じてほしいと思う・・・・
 D評価を5%、C評価を10%というようにプレッシャーをかけながら評価すると信頼関係がつぶれてしまう。教員同士、生徒と教員の信頼関係がつぶれてしまう。校長と教員の信頼関係もつぶれる。評価の結果、「今年から彼はいない」となれば、保護者も「なぜ?」と思うし、毎年のように何人かがやめていかねばならない状況がもし起こったとしたら、これはもうある意味で恐怖である。」

 教育には人間同士の信頼関係と多様性が重要と説く校長に対して、維新の会の議員は、校長に必要なのは「マネジメント」であるという論を対置しました。維新の会の言う「マネジメント」とは、“評価をしないと組織は成り立たない”という観点です。どちらが子どもたちの教育の場にふさわしい観点でしょうか。

※2010年に大阪府教育委員会が実施した「教職員の評価・育成システムに関するアンケート」で、教職員の評価付けを行う勤務評定について評価者である校長がどう考えているのかについての報告が新勤評反対訴訟団のホームページに掲載されています。それによると、実に85%もの校長が「職場の信頼関係を崩す」「学校現場を何も知らない行政の考え」「サッカーではないが、得点をあげた人もすごいが、そこにボールをまわす人がなければ勝利に結びつかない」などと否定的意見を述べています。勤務評価に反対しているのは、ここに登場する一部の校長だけでなく、大半の校長の率直な実感だといえそうです。
http://www7b.biglobe.ne.jp/kinpyo-saiban/osaka/hajime.html
http://www7b.biglobe.ne.jp/kinpyo-saiban/osaka/fou_ding_de_yi_jian.html

学区の撤廃と定員割れ3年で廃校は、経済困難な生徒の学ぶ権利を無視した暴論
 さらに、学区の撤廃と定員割れ3年で廃校にするという規定に対しても批判の声が上がりました。西成高校(第三学区普通科総合選択)山田校長は、西成高校ではひとり親世帯の割合が5割を越えており、経済的にも困窮し、家庭で勉強のできる環境が必ずしも整えられていない生徒が過半数いるという実情があり、西成高校は「入りたい学校」にはなっていないが生徒たちは「入ってよかった学校」と思って卒業していくのだと述べ、そんな「セーフティネット」の役割を果たしている高校の立場から、「定員割れ3年で統廃合」に対して苦悩を訴えました。
 また学区撤廃に関しても「以前勤務していた岬高校の場合、一番近い隣の学校は和泉鳥取高校だったが、通学定期の差は3年間で30万円違う。学区を撤廃すれば、確かに子どもたちが選べる範囲は増えるが、選ぶ条件に経済的条件もからんでくるのではないか」と、最も困難な条件を抱えた生徒の立場に即した発言を行いました。
 西成高校(第三学区普通科総合選択)山田校長 「生徒の実態から言うと、ひとり親家庭が5割を超えており、家庭に自分の机もないという子が5割を超えている。子どもたちが家庭の状況にとらわれず、学校で学び、自立して社会に出ていくことが我が校のミッションと考えている。・・・府教委の方針では、「入れる学校から入りたい学校。そして、入ってよかった学校」へというキャッチフレーズがある。しかし、西成高校は、入りたい学校になっていない。「西成高校は、面倒見がいいから、行ったらどうや」と中学校の教員や保護者からすすめられてきている子どもが多い。・・・就職内定率もここ2〜3年は、ほぼ100%に近い状態で、未定者も10名未満に下がってきた。多くの生徒たちは、入ってよかった学校と思って、卒業していく。入りたい学校にはなっていないが、卒業時には、入ってよかったと思わせることが我々の使命。
 セーフティネットの高校から見て、定員割れ3年で統廃合というルールは、非常に学校の努力以外のものがあまりにも大きい。条文にある改善というのは、どう改善していけばいいのかと困惑する。」

 これに対して維新の会の議員は「選ぶ経済的背景と学区撤廃は別の問題。そもそも無償化になる前は、公立高校も年間14万程度の授業料をいただいていたのだから」というのですが、経済的に困窮している家庭のことをまったくわかっていない発言だと言わざるをえません。そもそも、困窮世帯は無償化の制度ができる以前から授業料減免、生活保護などの援助によって授業料の負担はありません。したがって、無償化の恩恵を最も受けたのは相対的に余裕のある層でした。それなのに、授業料を払わずに済むのだから少々電車賃が高くなってもいいだろうというのは、困窮世帯のことが視野に入っていない証拠です。

教職員の服従を一方的に強制するようなやり方では学校運営はできない
 新聞報道によれば、意見交換に出席した校長の中で二人の民間出身の校長は維新の会の主張に賛成しているとのことですが、必ずしも全面的に諸手を挙げているわけではありません。
 民間出身校長の一人寝屋川高校(第二学区普通科)の秦校長は、民間の手法を取り入れなければならないと言いつつも、「民間で学んできた改革の手法というのは、悪い点をたたくというよりは、頑張っている人をサポートすること、そういう仕組みを作るということと現場の裁量を増やすということ」と、条例案の中身とは逆の内容を述べています。また、実際にD評価に値する教師はどのくらいいるのかという議員の質問に対して「今の学校にはいない。今の学校で「D評価をつけなさい」と言われると私は本当に困る」と、率直な気持ちを表明しています。
 和泉高校(第四学区普通科)の中原校長さえも、「今、私は和泉高校の教員に職員会議で挙手してもらっている」と、校長の補助機関であって教職員が決定や決議をしてはならないと変質させられたその職員会議で教職員の意見表明を求めていることを述べています。中原校長は「ただしそれはアンケート、意向表明・意思表明であって、決議ではないということでやってもらっている」と、教職員を決定に加えていると誤解されたらまずいと思い後からわざわざ断りを入れますが、校長が教職員に一切の不服を表明することを禁じるようなやり方については「やはり多くの教員が心底できないと思っていることには何らかの理由があるので、そういうのはあまり締め付けると風通しのいい職場にならないので、そこはちょっとお考えいただきたい」という懸念を表明しています。教職員の服従を一方的に強制するようなやり方では学校運営は破綻するということを感じているのです。(中原校長は、あまりに露骨に強権的なやりかたは支配の上でかえってまずいと言っているだけかもしれませんが、とにかく教員の反対意見を封じ込めるのはよくないと言っています。)

800万円や900万円ごときで民間企業を辞めて校長がやれるか!?
 一方この中原校長は、校長の待遇について、現在初年度830万円の給料だが、それでも不足だと述べています。
 「800万900万というのは府民の皆さんからすると高いと思うかもしれないが、そこはもうちょっと給料の面で反映させないと難しいかなというふうに思っている。」(「自分がほしいわけではないが」と何度も言い訳をしていますが、これはおそらく彼の本音でしょう。)
 これに対して打てば響くように、維新の会の議員は「個人的な思いだが」と断りを入れつつ「任期付公務員の採用に関する条例で定められている最高額の給料は1,500万程度になると思うが、校長にふさわしいのはその額ではないかと考えている」と、応じました。
 よく民間企業に比べて公務員は優遇され過ぎているという話を聞きます。しかし、ここでは、800万円や900万円ごときで民間企業を辞めて校長がやれるかという、それこそ庶民感覚からかけ離れた話が交わされています。民間企業における給料格差がとてつもなく進んでいるために、平均すると公務員の方が高く、トップで比較すると民間の方が高いという状況になっているわけです。
 先述の西成高校の事例で、ひとり親世帯の割合が5割を越え、家庭教育環境の劣悪な生徒も過半数を超すという報告がありましたが、最新の全国調査でもパートや契約・派遣社員など有期契約労働者の年収200万円以下の人が74%にも登り、1000万人を越えているという結果が報道されています。また、母子家庭の平均年収が213万円、児童扶養手当や仕送りなどを除いた就労収入の平均が171万円という調査結果(2005年)もあります。このような家庭の子どもたちが通ってくる高校で、「800万円では不足だ、1500万円よこせ」と応募してきた民間校長が本当に子どもたちの実態や気持ちに寄り添った教育ができるのかどうかというのは単純な疑問としてでてきます。

条例案が校長に求めるのは冷酷なマネジメント能力だけ
 この「教育基本条例」案に従えば、知事が教育委員会を任命する権限だけでなく学校の教育目標をも決められることになっています(第六条)。そして、教育委員会は、その「目標を実現するため、具体的な教育内容を盛り込んだ指針を作成し、校長に提示」(第七条)し、さらに校長はその指針をもとに学校運営を行います(第八条)。そして教員は「教育委員会の決定、校長の職務命令に従うとともに、校長の運営方針にも服さなければならない」(第九条)となっています。
 これらの条文を見ただけで、知事が決めた教育目標を、教育委員会→校長→教職員という形でがんじがらめに縛り上げながら実現させていくようになっていることがよくわかります。

 そして校長は、「一般職の任期付職員」として採用されることになります。再任は妨げられないとありますが、もしも、この条例案が成立してしまえば、「グローバル社会での競争に打ち勝つ人材作り」などのような知事が一律に決定する教育目標に違和感を抱き、生徒の実態に寄り添った学校運営をしていこうという見地の校長はおそらく任用されることはないでしょう。なぜなら、この条例案において校長に必要なのは、教員としての経験でもなければ、職歴ですらもなく、ただ「マネジメント能力(組織を通じて運営方針を有効に実施させる能力)」だけなのですから(第一四条)。
 この「マネジメント能力」というのは、結局の所、上から降りてきた知事の意を確実に実行する能力であり、何ら躊躇なく教職員の5パーセントにD評価を付けることのできる能力だということです。
 「教育基本条例」案が実現すれば、大阪府立高校の校長は、みんなこのような「マネジメント能力」を持った人ばかりになってしまうのです。

大阪府教育基本条例

2011年10月14日
リブ・イン・ピース☆9+25

シリーズ:「教育基本条例」の危険
(その一)はじめに――大阪の学校教育を破壊する「教育基本条例」
(その二)「教育行政への政治の関与」「民意の反映」とは、“大阪の教育はオレの好きなようにやらせろ”ということ
(その三)府立学校長からも批判噴出――10月3日維新の会と府立学校長との意見交換会議事録より
(その四)教育をすべて競争にしてしまう
(その五)グローバル社会を批判する人々は矯正が必要?
(その六)教職員間の信頼関係を根底から崩し、教員をつぶしてしまう
(その七)教育基本条例は、"集団的営みとしての教育"を破壊する
(その八)教育基本条例が依拠するのは、すでに破綻したサッチャー「教育改革」
(その九)保護者に、学校への協力や家庭教育の義務が課せられる
(その十)児童・生徒への「懲戒」条項
(その十一)寸劇「ユーケーリョクのコーシ」(家庭教育義務違反の悲劇)
(その十二)橋下語録に見る教育基本条例の危険性
(その十三)学校協議会が、校長・教員の評価、学校評価、教科書選定の権限をもつ強大な権力機関に
(その十四)重要なのは教育の質より生徒の頭数??――理不尽な競争に駆り立てられる公立・私立高校

(その十五)たとえ「民意を反映した」政権でも、教育への政治介入は許されない
(その十六)軍国主義教育(上)──教職員と教育の統制・支配から「教育の死」へ
(その十七)軍国主義教育(下)──教科も行事もあらゆるものが天皇賛美・戦争遂行の道具に